国全体でDXの必要性が認識されつつある昨今、医療現場でもさかんにDXが推進されています。しかし、そもそも医療DXに「どんな意味があるのか?」「何のメリットがあるのか?」疑問を感じている医療関係者の方も多いのではないでしょうか?
本記事では、医療DXのメリットや注目される背景、医療現場における事例などについて解説します。
目次
医療DXとは、医療現場におけるDXのことです。DXは「ディーエックス」と読み、「デジタル・トランスフォーメーション」の略で、IT技術による産業構造の変革を意味します。
医療の世界でも、病院や薬局などさまざまな医療機関の仕組みがデータ分析やAIなどの最新技術によって改善されるといわれており、これらの価値創造の取り組み全体を医療DXとよびます。
出所:パーソル総合研究所・中央大学「労働市場の未来推計2030」
医療現場では、年々加速する人材不足が課題となっています。
その大きな理由は、需要の増加と離職率の高さが挙げられます。医療や福祉のサービスを必要とする人口が増加しているものの、過酷な労働環境などから職員の定着率が上がりにくいという現状があるのです。
パーソル総合研究所によれば、医療・福祉に関わる業界では2030年に約187万人の人材不足が予測されています。
人材供給の不足に、さらに拍車をかけているのが2025年問題による需要の増加です。
2025年問題とは、戦後の第一次ベビーブームに生まれた「団塊の世代」が2025年に75歳を迎えることで、日本が「超高齢社会」となり、医療の受給が逼迫するであろう問題を指します。
このままいけば、2025年以降、医療業界における人手不足がさらに加速してしまうことが懸念されているのです。
医療のDXが必要といわれる背景の一つに、医療サービスの地域格差があります。
つまり、人口が比較的多い都市部と、そうでない地方部ではアクセスできる医療サービスの質に大きく差が開いているということです。
人口の少ない地域では、高齢者が緊急の病気にかかってもすぐに治療を受けられる距離に病院がない場合も多くあり、社会問題として指摘されています。
医療現場では、古い業務慣習が残りやすい傾向にあり、他の産業でDXが進んできている現在でも、紙の書類を保存するなど多くのアナログ業務が残っています。
業務のデジタル化による改善の余地がまだまだ大きいため、DXが盛んに推進されているというわけです。
2022年5月、自由民主党政務調査会により、医療領域でのDX推進や医療情報の有効利用推進を目的とした提言「医療DX令和ビジョン2030」が発表されました。
特に、以下の3つの取り組みについて提言されており、それぞれを同時並行で進めるとしています。
「医療DX令和ビジョン2030」の提言の中でメインとなっているのが、全国医療情報プラットフォームの創設です。
レセプト(診療報酬明細書)請求や保険加入確認を目的として、全国の医療保険者と医療機関、薬局が利用できるシステムの開発を行うとしています。
上記以外にもワクチンなどの予防接種や電子処方箋情報、自治体検診情報、電子カルテなど、介護を含む医療に関する全般的な情報を共有・交換できる全国的なプラットフォームになる予定です。
当初は令和4年度末までにほぼすべての施設に導入することを目標にしていましたが、医療DX令和ビジョン2030厚生労働省推進チームの第4回審議会では、令和6年度中での構築と令和7年からの運用開始を目指しています。
このシステムの開発・運用が実現すれば、登録された医療情報を医師や薬剤師で共有できるため、より良い医療受療につながる他、研究開発に利用できるようになります。
また電子署名の活用によるデジタル化を促進でき、患者や医療従事者の負担を軽減できるのもメリットといえます。
参考:自由民主党政務調査会|「医療DX令和ビジョン2030」の提言
参考:厚生労働省|資料2-1 230602医療DX推進工程表 [概要]
同提言での取り組みの1つが、電子カルテ情報の標準化です。
アメリカで誕生し世界標準となりつつある国際規格「HL7®FHIR®」を活用して、検査情報を含む診療情報提供書、画像を含めた退院時サマリー、検診結果報告書などの情報・文章を電子カルテ情報に組み込む取り組みです。
順次情報を拡大させる計画で、一般診療現場で必要な情報の標準化を目指します。保有される情報やデータは、治療の最適化やAIを活用した新しい医療技術の開発、創薬などに有効活用されます。
同提言での3つめの取り組みが診療報酬改定DXの推進です。具体的には以下の2つについて取り組むとされています。
システムベンダが共通して活用できる診療医療報酬の共通算定モジュールを導入すれば、医療報酬が改定された場合も、モジュールの更新によって金額の変動に対応可能になるため、医療機関やベンダの負担が大幅に軽減されます。
また、通常4月の診療報酬改定施行日を後ろ倒しすることで、Death Marchと呼ばれる作業集中月の発生を解消し、モジュール作業の後戻りやミスをなくすことを目指します。
「医療DX令和ビジョン2030」を実現することで、患者や国民、医療関係者、システムベンダそれぞれに発生するメリットを紹介します。
同提言が実現することで、診療の質が向上する他、重複検査・重複投薬を回避できます。また患者や国民の健康維持・増進へ活用できる点もメリットです。
さらに、治療の最適化やAI医療のような新技術の開発、創薬、医療機器の開発などにデータを活用でき、患者の治療に役立つ可能性が広がります。
医療関係者にとっては、患者情報を共有できたり、新しい医療技術の開発につながったりすることで、提供できる医療サービスの質が向上するメリットがあります。
また、システムが標準化・共通化されることで、電子カルテに掛かるランニングコストの軽減が可能です。電子カルテ未導入の機関では、同提言が導入契機になることもあるでしょう。
システムを開発するシステムベンダは、医療機関ごとにシステムをカスタマイズする必要がなくなるため、システムエンジニアの業務環境を改善できます。
また、システム開発事業への参入障壁が解消される可能性があり、社会的意義の大きい医療サービスの高度化に向けて、他社と競争しやすくなるとも考えられます。
「医療DX令和ビジョン2030」の他にも医療DXを推進するメリットについて、さらに見ていきましょう。
紙の書類により手入力や保存を行っていたカルテ、レセプトなどの作業はデジタル化が進めば大きく効率が上がるでしょう。
デジタル化のメリットとして、入力ミスを減らしたり、必要な書類を検索し見つけやすくしたりする効果も期待できます。
データの作成や管理を効率化することで、作業効率を挙げるだけでなく、サービスの質を改善できるメリットもあるのです。
デジタル化により、診察の効率が上がり、患者にとってのストレスを減らす効果も期待できます。
たとえば、診察予約の管理をシステムで行うことで診察前の待ち時間が短縮できたり、オンライン診療のシステムを使うことで自宅からでも診療を受けられるサービスを導入したりすることが可能です。
これらの施策により、診察が効率化できるというだけでなく、患者同士の感染リスクを抑えたり、遠く離れた地域の患者にも医療サービスを提供できたりとさまざまなメリットがあります。
最新技術であるAIやデータ分析を導入することで、単なる業務の効率化にとどまらず、予防医療の実現にもつながります。
たとえば、病院を利用する患者の膨大なデータを分析すれば、似た状態の患者の健康状態や病気のリスクを予測できる可能性があります。
人材不足にあえぐ医療業界では、かねてから予防医療の必要性が叫ばれてきました。DXが予防医療を実現すれば、医療業界全体の問題を解決することにもなるのです。
すでに医療DXを取り入れ、活用している事例を紹介します。
昭和大学病院は、株式会社フィリップス・ジャパンとの共同研究開発により、遠隔集中治療患者管理プログラム(eICU)の導入を行いました。
eICUは、通常のICU(集中治療室)を遠隔で管理する試みであり、複数の病院や病棟にいる患者の生体情報や検査結果などの情報を、VPN(仮想プライベートネットワーク)で接続された一か所の「eICUセンター」に集め、医師や看護師が遠隔でモニタリングする仕組みになっています。
これにより、多忙な集中治療室の業務負担を軽減し、ICU不足の解消を実現できると考えられています。
参考:昭和大学附属病院で、わが国初のeICUの導入実証研究を実施
東京都中野区にある田中クリニックでは、CureAppが提供する治療用アプリ「CureApp SC ニコチン依存症治療アプリ及びCOチェッカー」を導入し、ニコチン依存症患者向けにテクノロジーを活用した治療を開始しました。
同院では、以前からニコチン依存症の治療を行っていましたが、多くの患者が、来院していない空白期間の間に、喫煙を行ってしまうという課題を抱えていました。
アプリを使った新しい治療では、AIとのチャット機能を使い喫煙欲求の対処法をリアルタイムで教えてもらったり、Bluetoothでアプリに連携したCOチェッカーを用いて禁煙記録を残したりと、さまざまなサポートを受けられます。
これにより、患者が空白期間にも、禁煙を継続しやすくなるのです。
参考:治療用アプリ「CureApp SC ニコチン依存症治療アプリ及びCOチェッカー」の処方について - 田中クリニック(医療法人社団 佐介会)
神奈川県海老名市にある海老名総合病院では、入退院支援クラウドサービス「CAREBOOK」を導入し、入退院支援業務の効率化・負担軽減を実現しました。
CAREBOOKは入退院調整状況の可視化や転院時の病院への一括キャンセル通知、患者情報の集計、入退院調整に必要な診療情報提供書の送付など、入退院調整に関わるさまざま業務を効率化できるシステムです。
海老名総合病院では、入退院調整業務の効率の悪さや生産性の低さを感じており、職員の本来の業務圧迫や人為的ミスが課題となっていました。CAREBOOKの導入により、他病院と電話でやりとりする時間が大幅に削減できた他、相手の病院にも電話時間削減の効果が波及するなど、地域を巻き込んだ成果を挙げています。
参考:コトセラ|【医療機関DX事例集】Vol.2海老名総合病院(CAREBOOK)※前編
大手製薬会社の中外製薬では「CHUGAIDIGITALVISION2030」の基本戦略として、デジタルを活用した革新的な新薬創出の取り組みを行っています。
新薬開発には膨大な時間や費用が掛かる他、開発の成功確率を高めることが常に求められます。中外製薬では、医薬品候補分子の探索や薬物動態予測、病理画像解析による薬効・安全性の評価、事前言語処理を用いた論文検索などにAIを活用し、創薬プロセスの時間短縮と医薬品開発の成功確率の改善を見込んでいます。
実際、AIを活用した創薬研究DXが加速しているなど一定の成果を挙げ始めており、2030年に向けて医療DXが力強く推進されています。
兵庫県にある中西皮膚科では、将来のクリニック継承に備えてクラウド型電子カルテシステム「きりんカルテ」を導入しました。
きりんカルテは電子カルテとしての基本機能に加え、予約システムや在宅医療機能など、さまざまな機能を搭載しています。クラウドで利用できるため、インターネットにアクセスできる環境があれば、簡単に利用できるのが特徴です。
電子カルテを使用することで、カルテの転記ミスが大幅に減少した他、紙に書くより速く記入できるようになるなどの成果があったとか。また患部の写真を取り込めるため、患者への説明がしやすくなり、患者の納得度も高いそうです。
東京都内にある池上総合病院では、iPadで使用できる病院効率化システム「ARTERIAモバイルシステム」を導入し、業務効率化を実現しています。
「ARTERIAモバイルシステム」は大規模の病院の事務作業を大幅に削減できるシステムで、特徴の1つがペーパーレス化の実現です。
池上総合病院では電子カルテは導入されていたものの、問診票や同意書は紙に手書きしたものをスキャンしてPDF化し、電子カルテに紐づけていたとのこと。事務スタッフにとっては負担が大きく、業務の非効率化を招く課題となっていました。
「ARTERIAモバイルシステム」の導入によって問診票のデジタル化を実施。事務スタッフの業務負担が軽くなった他、患者の待ち時間も短縮される成果がありました。また、モニターで問診票を確認できるため医師の業務も効率化し、初診時の症状のデータを収集・分析できるようにもなったそうです。
参考:【ARTERIAモバイルシステム】導入事例│医療法人社団松和会 池上総合病院 様
医療DXに活用できるサービスを紹介します。
Ubie(ユビー)株式会社が提供する「AI問診ユビー」は、AIを搭載したWeb問診システムです。
診察前の問診で、患者がタブレットから問診票を入力すると、回答をもとにAIが病状を判断し、最適化された質問を自動生成します。さらに回答は医師用語に翻訳され、自動的に電子カルテに反映されます。
これにより、事前問診の時間短縮や精度向上につながり、紙からのデータ入力作業も減るので大きな効率化・負担軽減が期待できるでしょう。
医療用装具メーカーのコロプラスト株式会社は、ストーマ(人工肛門)患者の負担軽減を実現するため、スマホアプリ「Coloplast」(コロプラスト)を開発しました。
同アプリを通し、データの追跡や通知を行うことで患者の生活における医療器具の正しいメンテナンスを促進。
取り組みの結果として、患者に健康習慣が定着し、通院の必要性が下がるなどの改善がみられたとのことです。
クリニック向け電子カルテサービス「Medicom-HRf Hybrid Cloud」は、操作性を追求した電子カルテです。直感的操作によるスピード入力や、他社のさまざまな機器との連携が可能。また、クリニックだけではなく、訪問診療時にも使用できる特徴があります。
クリニックの特性に合わせたカスタマイズも可能となっているため、さまざまなクリニックにとって使いこなしやすいシステムとなっています。
電子カルテ導入によるペーパーレス化や業務効率化を実現できるだけではなく、予約管理、検査結果、検査機器など、約170社の機器と連携しているため、情報管理の手間を大幅に省ける点も利用するメリットです。
参考:Medicom|Medicom-HRfHybridCloud
「CrossLog」(クロスログ)は訪問診療専用のスケジュール管理ソフトです。
訪問診療を行う医療従事者にとって、手動での書類作成や訪問向けの経路計画、関係する医療チームとの連携や情報共有などに時間が掛かり、本来の業務に割く時間が短くなるという課題があります。
CrossLogでは、訪問スケジュールや経路計画の作成が1つのシステムで完結します。Googleマップと連携しているため、患者の自宅地点の登録や、最短ルートを簡単に確認できます。またシステム上で関係者との連携や情報共有までできるため、他のツールを併用する煩わしさからも解放されます。
電子カルテやレセコンといった他のシステムとも連携できるなど、大幅な業務効率化に貢献してくれるソフトとなっています。
「Airウェイト」は店舗や医療施設などで活用できる、受付・順番待ち管理システムです。
受付完了後に店頭から離れた顧客を自動で呼び出せるため、顧客の無駄な待ち時間を解消できます。受付機と番号券で受付を管理でき、呼び出し用のディスプレイで順番待ちを可視化できます。
受付業務をiPadだけで効率的に管理できる他、シンプルな画面で誰にとっても使いやすいのも特徴的。iPadとプリンタさえあれば初期費用無料で導入でき、違約金や契約金などの縛りもないため、トライアル感覚で導入しやすいシステムとなっています。
「PayCAS Mobile」(ペイキャスモバイル)はSIMカードに対応したモバイル型キャッシュレス決済端末です。
クレジットカードや電子マネー、QRコード決済に1台で対応できる他、プリンタ機能が内蔵されているため、その場でレシートの発行が可能です。またソフトバンクのSIMカードに対応していて、病院や診療所の外でも決済ができます。持ち運びしやすいサイズ感で訪問診療の決済などにおすすめです。
AndroidOSが採用されており、業務系アプリを搭載することもできるため、POSシステムや勤怠管理などにも対応できます。キャッシュレス決済を導入したい場合は、チェックしてみてください。
医療DXについて解説しました。
働き方改革の広がりとともに、医療業界の効率化・負担軽減は急務となっており、DXの波は今後も確実に進むでしょう。
長期的な視点をもち、他院の事例を参考にしながら、医療現場の改善を目指していきましょう。
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