さまざまな分野でDX(デジタルトランスフォーメーション)が進んでいますが、金融業界についても例外ではありません。書類作成や登録業務などの大量の定型業務をRPAで自動化しようとする動きが見られるなど、各企業の生き残りをかけた競争が激化しています。今回は金融DXを推進するメリットや金融DXの取り組み事例、金融DXに活用できるサービスについてご紹介します。
目次
金融DXとは、金融サービスや金融業務におけるDXを指します。金融業界が抱える課題とDXの必要性について見ていきましょう。
金融業界の課題の1つが、レガシーシステム(老朽化、複雑化、ブラックボックス化したシステム)からの脱却です。金融業界のシステムは高い安定性が求められます。枯れた技術(広く使われ信頼性が高い技術)を使って開発し、稼働後は現行システムの維持に徹するという姿勢が、レガシーシステム化を推し進めたのです。
一般社団法人日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)と野村総合研究所は、共同でJUAS会員企業にアンケートを実施し、「日本企業のデジタルビジネスに関する共同調査」と題するレポートを2017年5月に公表しました。このレポートによると、既存のレガシーシステムの存在状況について尋ねたところ、「既にレガシーシステムがない」と回答した企業の割合は「金融」が最も低く(0%)、「社会インフラ」(6.8%)、「機械器具製造」(10.9%)がそれに続くという結果でした。
レガシーシステム化が進むと、既存システムの運用保守に多くの資金・人材を割かなくてはならず、十分なIT分野への戦略的投資ができません。既存システムに関わった社員が抜けたり、利用している製品のサポート期間が終了したりすれば、システム維持が立ち行かなくなります。また、レガシーシステムでは限定的なデータの利活用にとどまり、顧客価値の創出が困難となります。
金融DX推進により、コスト削減・業務効率化や顧客価値の創出が期待できます。
DXはデジタイゼーション、デジタライゼーション、デジタルトランスフォーメーションという3つの段階に分けられます。このうち第一段階のデジタイゼーションとして、電子化・ペーパーレス化が挙げられます。紙代や印刷コストを削減できるだけでなく、紙媒体の書類を電子化することで必要な情報への素早いアクセスが可能になります。テレワーク中の社員が書類を確認するためにわざわざ出社する必要もありません。
新型コロナウイルス感染症の影響で、幅広い業界においてオンラインでのサービスに対するニーズが高まりました。さまざまな理由から店舗に足を運びたくないという消費者が増えたのです。現在はコロナの流行が落ち着きつつありますが、オンライン化の流れは加速しています。従来、金融業界は対面での接客に力を入れてきましたが、最近はオンラインで完結するサービスの提供を開始するなど、顧客価値の創出に努めています。
金融DXの取り組みを推進している10社の事例をご紹介します。
九州を地盤とする総合金融グループ「ふくおかフィナンシャルグループ」は、2021年5月、個人客を対象とした国内初のデジタルバンク「みんなの銀行」をスタートさせました。みんなの銀行はデジタルネイティブな思想・発想でゼロベースから設計され、普通預金、ローンの申し込み・借り入れ・返済を含む、すべてのサービスをスマートフォンで完結できます。法人向けに「みんなのBaaS(Banking as a Service)」プラットフォームの提供も開始し、非金融事業者はプラットフォームとのAPI連携により、みんなの銀行の金融機能やサービスを自社のスマートフォンアプリなどに組み込むことができます。
三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)は、Improve(電子化・ペーパーレス化・デジタルシフト・RPA)、Reform(外部連携・AI・データアナリシス)、Disrupt(デジタル通貨・NFT・ブロックチェーン・メタバース)の3分野でDXを進めています。MUFGは、Web3.0への取り組みとして、ブロックチェーンを活用したプラットフォーム構築サービスを提供するAnimoca Brands株式会社とNFT関連事業の協業について合意し、2022年8月に2,250万ドルを出資しました。また、シンプル・スピーディー・セキュアな取引が可能なデジタルアセット全般の発行・管理基盤「Progmat(プログマ)」を展開しています。
国内証券最大手の野村ホールディングスは、実店舗における対面での対応に力を入れてきました。しかし、顧客の数が多く、営業担当者がカバーしきれないため、デジタルサービスの提供に踏み切りました。野村のリサーチレポートを閲覧できる投資情報アプリ「FINTOS!」、野村證券の口座の有無に限らず利用できる資産管理アプリ「OneStock」、マーケットの動きのチェックから取引まで行える資産運用アプリ「NOMURA」、他のアプリと組み合わせて使える資産情報メッセージアプリ「Follow UP」という4つのアプリをリリースし、顧客の資産運用をサポートしています。
三井住友銀行は、業務インフラの整備と業務効率化、DXスキル学習プログラムといった社内におけるDX推進に取り組んでいます。その他、法人向け事業では、ユーザー企業が企業活動をアプリに取り込んでCO2排出量算定・削減施策までを行えるクラウドサービス「Sustana」を提供しています。GHGプロトコルに基づいたサプライチェーン全体のCO2排出量の算定を容易に行うことができます。
オンラインで質問を受け付けている企業も増えていますが、平日の日中のみ対応という企業も少なくありません。個人向けインターネット専業銀行であるソニー銀行は、対話型AI自動チャットサービスを導入し、同社の商品やサービスに関する質問を24時間365日受け付けています。ソニー銀行のチャットサービスには、自然言語処理技術を活用した対話エンジンが採用され、ユーザーの質問に対して高精度の回答を返します。
SBIホールディングスはデータ分析企業のALBERT(のちにアクセンチュアに吸収合併)と資本業務提携を開始し、金融業における知見とデータ分析の経験という強みを生かし、DX推進を加速させようとしています。SBI証券は顧客ごとに最適な商品を提案するAIモデルの開発および実装、ビッグデータ解析による顧客に合わせた資産形成方法等の情報の提供、データ分析結果のマーケティング施策への反映によるサービスの早期提供や高度化を進めています。
大和証券は、デジタル技術の活用によるビジネス変革を実現させるため、全社員9,000人のスキル習得の枠組み「Daiwa Digital College」を設けました。全社員対象のデジタルリテラシー向上を目的とする「全社員必修課程」、DX施策の推進やデータ活用力などの専門的なITスキル・データ分析スキルを学ぶ「部門別専門課程」、Python・プロジェクトマネジメント・ローコードをはじめとする高度なデータ分析スキル等を身に付ける「選択科目」の3カテゴリーに分かれ、全社員がDXに関するスキルを磨けるカリキュラムとなっています。
防災分野におけるデジタル技術の活用「防災DX」についての期待も高まっています。この防災DXに積極的に取り組んでいる企業が東京海上日動火災保険です。同社は発起人として防災コンソーシアムCOREを2021年11月に発足させました。参画企業は発足時14社でしたが、2023年11月1日現在では92社と大幅に増えています。コンソーシアムのプロジェクトには、リアルタイムでの川の情報や水位の把握、AIやIoTによる建築物の劣化予測などがあります。
アフラックは2020年9月に同社のDX戦略「DX@Aflac」を策定し、デジタルテクノロジーの活用によって、顧客に価値ある商品・サービスを提供しています。2021年には「アフラックのオンライン相談」が経済産業大臣賞を受賞しました。これは保険の相談から申し込みまでの一連のプロセスをオンラインで完結できるサービスです。顧客の都合で対面でのやり取りが難しい場合に相談できるだけでなく、感染症の予防にも役立っています。
クレジット会社クレディセゾンは、デジタル技術の活用による新たな顧客体験の提供に取り組んでいます。同社は、顧客対応を行うインフォメーションセンターとソフトウェア開発を行うデジタル部門が一体となり、ナレッジ管理システム「COMPASS」を内製開発しました。COMPASSはさまざまな角度から検索ができ、顧客からの問い合わせに素早く対応できます。また、インフォメーションセンターとデジタル部門の伴走型内製開発により、3か月間という短期間での構築が実現しました。
金融DXに活用できるサービスを紹介します。
自社内でサーバーを運用する形態をオンプレミスと呼びます。従来、データをオンプレミスのファイルサーバー上に保存するという使い方が一般的でしたが、メンテナンスコストや故障によるデータ消失リスクを鑑み、クラウドストレージに移行する流れが見られます。クラウドストレージの場合、社外からでもスムーズにアクセスできるため、テレワークの働き方にマッチしているといえるでしょう。
クラウドサービス利用の懸念点としてセキュリティが挙げられますが、法人向けの有料プランはセキュリティ対策が取られています。これまでクラウドサービスの利用に消極的だった日本政府は、2018年6月に「政府情報システムにおけるクラウドサービスの利用に係る基本方針」を発表し、政府情報システムを整備する際はクラウドサービスの利用を第一候補として検討する「クラウド・バイ・デフォルト原則」を示しました。民間企業においても、クラウドストレージを含むクラウドサービスの導入が一層進むと考えられます。
主な法人向けクラウドストレージとしては、Googleドライブが挙げられます。プライベートでGoogleドライブを利用しているという方は多いのではないでしょうか。法人向けのGoogleドライブは、Google Workspaceというグループウェアの1つのツールとして提供されています。 Google Workspaceのプランによってストレージ容量が異なるため、4つのプランの中から、自社に合わせたプランを選択すると良いでしょう。ユーザー1人当たりのストレージ容量は、Business Starterが30GB、Business Standardが2TB、Business Plusが5TB、Enterpriseが5TB(追加リクエスト可能)となっています。
出典:Google Workspace(Google合同会社)
金融業界では書類作成や登録業務など大量の定型業務が発生します。この定型業務を効率良く処理するための手段がRPAです。RPAの場合、人間がPC画面上で行う作業を、事前に設定したルールに従ってソフトウェアロボットが実行します。住宅ローンの申し込み手続き処理では、顧客が記載した紙媒体の申込書のPDF化・文字データ化・審査システムへの入力という一連のプロセスを自動化できます。これにより、申込書の記載内容を担当者が審査システムに転記入力するという手間が省け、審査時間の短縮および顧客満足度の向上が可能です。
Automation AnywhereのRPAプラットフォーム「Automation 360」は、オンプレミスまたはクラウド環境にて、Webブラウザから利用できます。人間の命令を実行するプログラムをBot(ボット)と呼び、人間と協力しながら業務をサポートする「Attended Bot」と人間の介入なしに自動でタスクを実行する「Unattended Bot」の2種類があります。
出典:RPA業務自動化ソリューション(株式会社日立ソリューションズ)
クレジットカードに関わる不正は増加傾向にあり、AI不正検知によってこれを防ごうとする動きが見られます。不正が疑われる活動をスコアリングすることはカード会社ごとに行われてきましたが、会社単位での対応にとどまっており、年々巧妙化する不正に今後対応できない可能性があります。そこで近年開発された方法が、共同スコアリングと呼ばれる手法です。
サービス導入企業間で不正手口を共有し、AIによるスコアリングを行うため、不正被害の大幅な削減に効果を上げています。導入企業が増えるほど不正を検知するための学習データが増え、精度の高い不正検知が可能になります。2023年6月には、株式会社三越伊勢丹ホールディングスのグループ企業である株式会社エムアイカードが「FARIS共同スコアリングサービス Powered by PKSHA Security」を導入しています。
出典:FARIS 共同スコアリングサービス Powered by PKSHA Security(株式会社インテリジェント ウェイブ)
膨大なデータ、いわゆるビッグデータをビジネスに生かすためには、いかにしてデータを収集するかという視点だけではなく、収集したデータをどのように分析していくかという視点も重要になってきます。データ分析を手軽にできるようにするためのツールがBIツールです。BIツールを用いることで、集計および分析、そしてレポートの作成ができます。金融業界でもBIツールの利用が広がっており、全社および各店舗における売り上げ目標と実績を比較する「予実分析」、金融商品ごとの契約件数をグラフ化する「ポートフォリオ分析」などに活用できます。
BIツールの一つに、株式会社ジャストシステムのActionista!という製品があります。Actionista!は分析の専門知識を持たない担当者であっても、Webブラウザからデータ分析が可能です。
今回は金融業界におけるDXについて見てきました。金融業界は新しいテクノロジーやサービスを取り入れることに対して保守的でしたが、GAFA(Google、Apple、Facebook(Meta)、Amazon)やFinTech企業(先進テクノロジーにより革新的な金融サービスを提供する企業)の新規参入が相次ぎ、伝統的な金融機関もデジタル化を進めています。金融DXによって金融業界が今後どのような変貌を遂げていくのか、目が離せません。
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