新型コロナウイルス感染症は、これまでのビジネスのあり方を大きく変えました。人々は外出を控えたり、外出する際は人との接触をできるだけ避けたりしたため、来店頻度や来店者数が減少したという店舗も少なくありません。現在はコロナの流行が一段落し、客足も戻りつつあります。しかし、コロナ前後で消費者の購買行動は確実に変化しており、事業者は顧客視点でのDX推進が求められます。今回は小売業界におけるDXについてご紹介します。
目次
小売DXとは、小売業界におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)のことです。新型コロナウイルス感染症の流行はビジネスに大きな打撃を与えましたが、とりわけ深刻な影響を受けた小売業界は、DXに積極的に取り組んでいます。DXは単なる業務の効率化にとどまらず、新たな価値を創出する活動を指します。
小売業界が抱える課題と小売DXが必要な背景について見ていきます。
農林水産省食料産業局の「第3回働く人も企業もいきいき食品産業の働き方改革検討会(2018年2月)」の配布資料「卸売業・小売業における働き方の現状と課題について」には、(1)人手不足、(2)長時間労働・休日数の少なさ、(3)非正規職員比率の高さ、(4)労働生産性の低さ、(5)労働装備率(従業員一人当たりの設備投資額)の低さ、が小売業の課題として指摘されています。
小売業の年間休日総数は約100日(全産業では108.0日)ときわめて少なく、飲食料品小売業では、非正規職員の割合が76.7%と全産業の37.5%に対して約2倍の差があります。
出典:農林水産省食料産業局「第3回働く人も企業もいきいき食品産業の働き方改革検討会 卸売業・小売業における働き方の現状と課題について」
たとえば、(3)非正規職員比率の高さについて考えてみましょう。小売業界では正社員、パートタイマー、契約社員、嘱託社員、臨時社員、派遣社員、請負など、さまざまな雇用形態の職員が働いています。正社員だけでは業務は回せません。非正規職員は重要な戦力です。紙やエクセルのタイムシートによるアナログな勤怠管理を行っている企業もありますが、非正規職員の数が多く、記入漏れやチェック漏れが起こりやすくなります。しかし、勤怠管理のDXを進めれば、勤怠管理担当者の負担を減らすことができます。各職員の正確な労働時間の把握により、長時間労働の防止につなげることも可能です。
小売DXを推進するメリットとして、顧客満足度向上や店舗レイアウトの改善が挙げられます。
店舗に足を運んだ際、店員の接客が気になる方も多いのではないでしょうか。素晴らしい接客に感動し、その後何度となく店舗に通うようになったり、逆に不快な接客を受けて店舗から足が遠のいたりした経験を、誰しもお持ちのはずです。このように接客は顧客満足度を左右する重要な要素です。クラウド上に録画映像を保存するクラウドカメラを店舗に設置することにより、店舗接客の様子をPCやスマートフォンからいつでも確認し、接客レベルを上げることができます。
クラウドカメラの中にはAI機能を搭載した製品もあります。このようなAIカメラは店内混雑時のPCやスマホへの通知、来店者数のカウント、データと映像に基づいた特設コーナーの効果測定が可能であり、店舗の混雑状況の把握、商品配列・店舗レイアウトの改善などに役立てることができます。
小売DXを推進するために新システムを導入する場合の課題やデメリットについても見ておきましょう。
新システム導入にはコストがかかります。近年の物価高によるコストカットを迫られる中、新システムを導入する余裕がないという企業も多いでしょう。稼働中のシステムがあれば、わざわざ新システムへのリプレースはしないという選択肢もあります。新システムの導入に伴うコストは、金銭的な面だけでなく、新しいシステムに慣れるための学習コストも含めて考える必要があります。
既存システムから新システムへのデータ移行は、難易度が高い作業であると言われます。既存システムと新システムの仕様を比較し、移行の障害となりうる要素を取り除いた上で、データ移行は実施されます。既存システムの仕様書がなかったり、仕様書は存在しても記載されている仕様が最新でなかったりする場合、データ移行が困難になる可能性があります。
小売DXの推進を進めている各社の取り組みをご紹介します。
農産物は天候によって収穫量が変化し、需要に合わせた生産が困難です。農産物の中でも特に青果は傷みやすく、長く店頭に置けないため、売れ残りが多く発生し、廃棄されるというフードロス問題が起きていました。大量のフードロスが収益に悪影響を及ぼすことは言うまでもありません。フードロスを減らすためには、需要の正確な予測、およびその予測に基づく適切な量の仕入れを行い、適切な価格で販売することが必要です。
NTTビジネスソリューションズ株式会社と株式会社MongTengは、農産物流通バリューチェーンのフードロス削減と収益性向上を目指した実店舗検証を、2023年3月よりMongTengの青果店(実店舗)で開始しています。本DXソリューションは、店舗の販売データと天気や気温などの外部データを分析・可視化し、ダイナミック・プライシング(需要と供給に応じて価格を変動させる仕組み)を実現します。
OMO(Online Merges with Offline)は「オンラインとオフラインの融合」を意味します。今までは企業は販売やマーケティングをオンラインとオフラインで分けて考えており、顧客の購買行動をオンラインとオフラインで別々に管理していたため、購買行動の全体像を十分に把握できていませんでした。この問題を解決するための手法がOMOです。
OMOソリューションを提供するアイエント株式会社は、2022年3月より新宿マルイにポップアップストアを出店しました。来店者は商品のQRコードをスマートフォンで読み取り、商品紹介ページにアクセスします。そしてこのページから出店者のECサイトにアクセスしてもらうという流れです。既存のポップアップストアと異なり、在庫補充、閉店後レジ処理、人員、什器の準備は不要です。店内にはAIカメラが設置され、来店者の年齢層、性別、感情といったデータを得ることができます。
スーパーマーケットで買い物をする際、レジで並びたくないという方も多いのではないでしょうか。購入した商品を自分でバーコードにかざして会計するセルフレジも増えていますが、有人レジとセルフレジの両方が混雑し、列に並んで会計の順番を待たなくてはならないときもあります。多くの買い物客が店舗に足を運ぶことは売り上げ増につながる一方、レジの混雑によって顧客満足度を下げてしまう可能性があります。
イオンリテール株式会社は、顧客体験の価値向上のため、スマートフォンで商品をスキャンしながら店内を回り、会計時に支払コードをセルフレジに読み込ませるという仕組み「レジゴー」を2020年3月から本格展開しています。最初に店舗に備え付けのスマートフォン、またはアプリをダウンロードした自分のスマートフォンを買い物カートに取り付け、店内を回って購入したい商品を手に取ってスキャンし、スキャンが終わったら商品を買い物かごに入れます。会計はレジゴーの専用レジのゲート入り口の支払コードを読み取り、表示された番号のレジで支払いを行います。
少子高齢化が進む日本では、社会保障費が大きな財政負担となっています。社会保障給付費のうち、年金に次ぐウエイトを占める医療費削減のため、医薬品使用の適正化が医療従事者に求められています。適正な医薬品使用を実現するためには、最新の医薬品情報が不可欠ですが、現場の情報の入手は困難です。
保険調剤薬局チェーンを展開する日本調剤株式会社は、従来、医療機関ごとに管理していた医薬品情報や、医薬品情報Webサイト・学術論文・医学書を始めとする60種類以上の医薬品情報ソースから収集された情報を医薬品情報Webプラットフォーム「FINDAT」に集約し、病院や薬局のDI業務(医薬品情報業務)を支えています。また、FINDATの活用により、有効性と経済面の観点から医療機関における医薬品の投与指針をまとめた「フォーミュラリー」の作成を効率よく行えるようになります。
小売店舗のセルフレジは便利ですが、商品のバーコードをバーコードリーダーで一つ一つ読み取る作業は時間がかかるため、有人レジで会計をした方が早いときもあります。また、同じ商品のバーコードを2度読み込んでしまい、店員を呼んで対応してもらった経験をお持ちの方もいるのではないでしょうか。
このようなセルフレジの面倒な点を、ファーストリテイリングはRFID(Radio Frequency Identification/無線自動認識)と呼ばれるICタグを商品タグに埋め込むことによって解消しました。ユニクロ店舗の商品トレイに商品を置くと、自動で商品の数と値段が読み込まれます。バーコードのように人が端末を使って一回一回読み取ることなく、一度に複数の商品情報を取得できる点が特徴です。
ネット通販やフードデリバリーは、店舗に足を運ぶことなく商品の購入や注文ができます。新型コロナ流行時、人との接触機会を減らすことが推奨されたため、これらのサービスは私たちにとってより身近なものとなりました。お住まいの地域のスーパーマーケットでも、注文すると自宅まで商品を届けてくれる店舗も増えているでしょう。しかし、小売り店舗としてはコンビニエンスストアの数は突出しています。近くのコンビニ店舗から商品を届けてもらえれば便利です。
コンビニ最大手のセブン-イレブンは、セブンイレブンの商品を最短30分でデリバリーしてくれるネットコンビニ「7NOW(セブンナウ)」を展開しています。注文可能時間帯は9:00~22:15(店舗によって異なります)、支払方法はクレジットカード決済またはコード決済(PayPay・au Pay・d払い)、会員登録不要で利用できます。現時点での対象エリアは北海道・埼玉・千葉・東京・神奈川・広島エリアの一部店舗に限定されていますが、今後順次拡大し、2024年度中の全国展開を目指しています。
クラウド勤怠管理システムや顧客情報管理システムの導入は、DXへの第一歩となります。
クラウド勤怠管理システムの導入により、勤怠管理のDXを進めることができます。その1つがスタッフのシフト作成です。スタッフの人数が多いとメールとExcelを組み合わせたシフト作成も簡単ではありません。シフト作成者は、全スタッフから勤務希望日をメールで伝えてもらい、Excelに入力する必要があります。細心の注意を払っていても、入力ミスがどうしても発生してしまいます。シフト作成後の確認作業にも膨大な時間がかかります。
Oplus株式会社のクラウド型シフト管理サービス「oplus」では、スタッフはスマートフォンからシフトを提出でき、シフト作成者はシステムの管理画面から簡単にシフトを作成できます。シフトの提出を忘れているスタッフには、システム上から提出を促すメッセージを送ることができます。
百貨店では店舗で売り場づくりに携わるスタッフもいれば、たくさん商品を購入したり、頻繁に利用したりする個人や法人の得意客に商品やサービスを提案する外商部のスタッフもいます。従来は顧客情報の管理は営業担当者に委ねられ、社内連携ができていなかったため、機会損失が発生していました。
顧客情報管理システムは、営業担当者個人で管理されていた顧客情報を社内全体で共有するシステムです。株式会社ハンモックの名刺管理・営業支援ツール「ホットプロファイル」では、顧客の名刺をスキャンすることにより、顧客データベースが作成されます。顧客情報を社内の人間が誰でも確認でき、これまでの対応履歴情報も蓄積されるため、顧客に対して最適なタイミングで最適なサービスの提供が可能になります。
倉庫管理システム(Warehouse Management System)は、倉庫内の入荷、検品、棚入れ、ピッキング、出荷などの一連の作業情報を一元管理するためのシステムで、WMSと略されます。近年導入が増えているタイプがクラウド型WMSです。クラウド型WMSはインターネットを通じてPC、スマートフォン、タブレットからシステムにアクセスします。
サーバーの設置場所という観点からは、クラウド型WMSの他にオンプレ型WMSがあります。オンプレ型WMSは自社施設内(on-premises)に設置したサーバーにWMSを構築・運用するタイプです。カスタマイズが容易な反面、サーバー構築および運用の手間やコストがかかります。一方、クラウド型WMSはそのような手間やコストがかからず、導入のハードルが低いというメリットがあります。
ECサイトに特化したクラウド型WMSとして、アートトレーディング株式会社の「mylogi」が挙げられます。mylogiは在庫管理システム(OMS)の機能も備えており、EC物流に必要な商品在庫管理から入荷出荷管理までの一連のフローをプラットフォーム上で完結できます。Amazon・Yahoo!ショッピング・Rakutenといったモールシステム、Shopify(ショッピファイ)・makeshop byGMOといったカートシステムなどの外部サービスとの連携も可能です。
ビジネスを進める上で、契約書を作成して署名をする機会は少なくありません。従来の紙ベースの契約書の場合、契約書の印刷および郵送、署名後の契約書の管理といった課題がありました。オンライン上で手続きを完結でき、署名後の契約書の管理も容易にするサービスが電子署名サービスです。電子署名サービスの導入により、ペーパーレス化を実現するとともに、保有している契約書を素早く検索できます。
世界中で100万社以上が導入している電子署名サービス「DocuSign(ドキュサイン)」は、契約成立までの時間を約80%短縮可能です。DocuSignはWebベースで利用できるため、国内外の拠点における多数の契約締結もスムーズに進められます。紙ベースの契約書とは異なり、契約書の内容に誤りがある場合はすみやかに修正して署名をもらうことができます。
日本は海外に比べキャッシュレス決済で後れを取っていましたが、最近ではキャッシュレス決済を選択する方も増えています。現金以外で支払いを行うキャッシュレス決済の導入によって、顧客の支払いの選択肢を広げ、小銭を出す手間を省けるだけでなく、レジの売上代金の確認や現金の保管が不要になります。新型コロナウイルスの流行が一段落し、訪日外国人観光客が元の水準に戻りつつある中、訪日客が決済しやすいクレジットカードへの対応も欠かせません。
カシオのキャッシュレス決済ソリューションは、キャッシュレス決済と売上管理をワンストップで提供します。電子決済端末・QRコードリーダーと専用タブレット「EZネットレジ」・Bluetoothでスマートフォンと接続するレジスター「ブルレジ」の連動により、売り上げを可視化できます。コールセンターでは、サービス契約者からの相談を365日受け付けています。
出典:CASIOのレジスターとキャッシュレス決済サービス(カシオ計算機株式会社)
企業単体ではなく、ベンチャーやスタートアップの支援を受けてDXを推進する小売企業も少なくありません。ここでは、高い注目を浴びるベンチャー・スタートアップ企業を紹介します。
10Xは、小売事業者のデジタル化を支援する企業です。同社は、ネットストアは店舗の顧客を奪う手段ではなく、実店舗との併用によって相乗効果が期待されるとしています。10Xの小売りチェーン向けECプラットフォーム「Stailer(ステイラー)」は、店舗と同様に楽しく買い物ができるお客様向けアプリ、正確かつスピーディーなオペレーションを可能にするスタッフ向けアプリ、注文や配達の状況を確認できる管理画面の3つから構成されます。イトーヨーカ堂は、ネットスーパー業界初となるネットスーパーアプリの本格運用を2020年6月に開始しましたが、ここでもStailerが利用されています。
バニッシュ・スタンダードは、「つまらない常識を革め、おもしろく生きる人を世界中に」をパーパスに掲げる企業です。同社のアプリケーションサービス「STAFF START」は店舗スタッフをDXさせる「Staff Tech(スタッフテック)」サービスです。「SNAP PLAY」機能を利用して、おすすめしたい商品の写真や動画を店頭スタッフが撮影して簡単にECサイトやSNS上に投稿できます。STAFF STARTはECおよび店舗の売上アップに加え、スタッフ個人経由の売り上げも可視化できるため、スタッフのモチベーション向上効果も期待できます。
今回は小売業界が抱える問題点を解説するとともに、小売DXを推進するメリットやデメリット、具体的な導入事例や活用できるサービスについてご紹介しました。DXが遅れていた小売業界ですが、コロナの影響もあり、DX推進の動きが活発化しています。業務の中でDXを導入できる要素はないか、検討されてみてはいかがでしょうか。
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