さまざまな分野で促進されている「DX(デジタルトランスフォーメーション)」。経済産業省では、DXの定義を「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」としています。
つまり単なる業務のデジタル化に止まらず、自社のビジネスのあり方までを変革し、人々の暮らしに影響を与えることを目指すのがDXです。
本記事では、店舗におけるDXについて必要とされる背景から、事例などを解説していきます。
目次
店舗DXとは、店舗ビジネスにデジタルテクノロジーを導入し、顧客体験の価値向上を目指すものです。
店舗DXの主眼は「顧客」に向けられているため、自社内の業務効率化で完結するようなデジタル化とは異なります。つまりデジタル化によって、顧客のニーズへの対応やビジネスモデルの変革を達成し、顧客満足度を上げることが目的です。
顧客体験の価値を向上させ、市場における競争上の優位性や売上の向上につなげることで、初めて店舗DXを達成したと言えます。
店舗DXが注目されている背景には、店舗ビジネスが抱えている課題と社会の変化が挙げられます。
本章では、課題と背景のそれぞれの視点から店舗DXについて解説していきます。
店舗ビジネスの大きな課題が「人手不足」です。昨今では、労働力人口の減少が叫ばれており、パーソル総合研究所の調査によれば、2030年には労働人口が需要に対して644万人不足するとしています。さらに、帝国データバンクから2023年1月に発表された「人手不足に対する企業の動向調査(2023年1月)」によれば、非正規雇用の人手不足の割合上位10業種に、飲食店や飲食料品小売、各種商品小売などがランクインしています。
こうした人手不足の課題を解決するために、デジタルテクノロジーを活用する店舗DXが注目を集めています。
参照:「人手不足に対する企業の動向調査(2023年1月)」(帝国データバンク)
店舗DXが必要な背景には、以下のような要因が挙げられます。
・デジタルテクノロジーを活用したビジネス環境の変化
・消費者の消費行動の変化
・キャッシュレス決済への変化
昨今ではデジタルテクノロジーを活用した、新たなビジネスモデルを展開する企業が増加してきています。たとえば、オンライン店舗もその一つです。従来、CDを購入する際は店舗に行って買うのが主流でしたが、オンライン店舗による購入に変化し、さらにサブスクリプションサービスへビジネスモデルが変化してきています。
このようなビジネス環境の変化には、デジタルテクノロジーが大いに活用されているため、店舗運営においてもこうした変化に対応するために、店舗DXが求められます。
また、消費者の消費行動の変化も見逃せません。新型コロナウイルス感染症の流行によって、外出による買い物からECサイトを活用しての買い物に消費行動が変化したのは、記憶に新しいところです。
さらに消費者は、商品を購入することが目的ではなく、商品を購入したことにより得られる体験を重要視するように変化してきています。「モノ消費」から「コト消費」と呼ばれている消費行動の変化で、経済産業省においても取り組みが進められています。
最後の要因が「キャッシュレス決済への変化」です。経済産業省によれば、日本のキャッシュレス決済の普及率は約30%にとどまっていますが、主要各国では40〜60%の水準です。将来的には世界最高水準の80%を目指すとしており、今後さらなるキャッシュレス決済の普及が考えられます。加えてキャッシュレス決済は、ニーズの高い非接触決済にも対応するため、店舗DXの導入ニーズにもつながっていきます。
こうした複合的な背景から、店舗DXの導入が必要とされています。
参照:「コト消費空間づくり研究会 取りまとめ」(経済産業省)
参照:「キャッシュレス更なる普及促進に 向けた方向性」(経済産業省)
店舗DXを推進するメリットとしては、以下の3つが主に挙げられます。
・業務効率化による人手不足の解消
・顧客満足度の向上
・機会損失の防止
それぞれのメリットについて解説していきます。
店舗DXは、業務のデジタル化も行うため、業務効率化と生産性向上を達成できます。そのため、従来はアナログで行なっていた業務負担が軽減され、労働環境の改善にもつながります。
こうした環境整備を行うことで、既存社員のモチベーション向上はもちろんのこと、採用活動においてもアピールポイントになり、人手不足解消にも貢献できます。
店舗DXは顧客ニーズを満たし、顧客体験の価値向上のために行うので、顧客満足度の向上につながります。
たとえばECサイトを運営することで、実店舗とオンライン店舗に共通したサービスが提供できるようになり、実店舗への来店を促す施策が可能です。また、実店舗が営業時間外でも、オンライン店舗では対応が可能になるため、好きな時に買い物をしたいという顧客ニーズを満たすこともできます。
従来、アナログだった業務をデジタル化することで、機会損失の防止が期待されます。たとえば、需要予測をこれまで担当者の経験や勘に頼っていたのであれば、需要予測ツールを導入することで客観性に基づいた運営ができるようになり、在庫切れなどを防止できます。またクレジットカード決済に加えて、QR決済などにも対応できれば、さまざまな顧客層への対応が可能になります。
こうした機会損失の防止が行えるのも、店舗DXのメリットです。
本章では店舗DXの事例として、以下の2つを紹介します。
・セルフレジの導入(UNIQLO)
・デジタルサイネージの活用(Zoff)
UNIQLOなどのアパレルブランドを展開している株式会社ファーストリテイリングでは、「デジタル、ロボティクス、全自動化、という考え方を軸に、事業のプロセスを大胆に変えていく」としており、その取り組みとして「セルフレジの導入」を行なっています。
複数の商品を購入する顧客が多いUNIQLOでは、レジでの対応に時間がかかり、混雑してしまうのが大きな課題でした。そこで商品のカゴを置くだけで、決済対応が可能なセルフレジを導入。商品には商品情報が埋め込まれているチップが取り付けられており、カゴを置くとセルフレジが自動で読み取る仕組みです。
結果として、レジでの混雑が緩和され、顧客満足度の向上を達成しています。また、レジ対応する人員を削減できたため、人件費削減にもつながりました。
デジタル技術を活用したディスプレイ広告であるデジタルサイネージの活用も店舗DXの取り組みのひとつです。
全国にメガネを販売する店舗を展開している株式会社ゾフでは、キャンペーンの際に各店舗でポスターを貼り付ける販促活動を行っていました。しかし店舗数の増加により、アナログのポスターではオペレーションが回らなくなったため、デジタルサイネージの導入を決断しました。
コンテンツ作成をデジタル化したことで、店舗側ではデータの入れ替え作業のみで準備が整い、業務効率化を達成しています。加えて画像だけでなく動画の配信も可能になり、より顧客に対して視覚的な販売促進を可能としています。さらにキャンペーンの延長などの場合でも、瞬時に対応が可能になり、従業員の負担が大きく軽減されています。
店舗DXに活用できるサービスとしては、以下のようなものが挙げられます。
・アプリによるモバイルオーダー
・AIチャットボットサービス
・スマートフォン向けVRアプリ
飲食店では、レジの待ち時間が長いという顧客ニーズに対応するために、アプリを活用したモバイルオーダーの利用が増えてきています。
たとえばスターバックスでは「Mobile Order & Pay」を導入し、スマホ上でオーダーから決済が行え、店舗で行うのは商品の受け取りのみです。マクドナルドでも同様のサービスが広がっており、利便性向上につながっています。
顧客からの質問にAIが回答する「AIチャットボットサービス」も店舗DXに活用できます。たとえば、オンライン店舗を運営する際に、AIチャットボットを導入することで、顧客の質問にスムーズな対応ができます。さらに、質問された内容はデータとして蓄積されるため、顧客ニーズの把握にもつながり、店舗運営に活かすことが可能です。
新しい顧客体験として、VRの活用も広がっています。VR空間上に自身のアバターを作成し、実世界と同じように店舗での商品購入や店員との会話ができます。
VR空間は、「いつでも、どこからでも」入ることができるため、時間や場所に縛られないたくないという顧客ニーズを満たすことにつながります。実際に三越伊勢丹による「REV WORLDS」の提供や、不動産における内見に「VRモデルルーム」を活用するなど、取り組みが広がっています。
店舗DXとは、店舗ビジネスにデジタルテクノロジーを導入し、顧客体験の価値向上を目指すものです。
単なる業務のデジタル化ではなく、顧客のニーズを満たす目的で行うことが大切です。店舗DXの推進により、顧客満足度の向上や人手不足の解消など、さまざまなメリットが期待されます。
今後の店舗運営では、当たり前にデジタルテクノロジーが活用されるようになっていくことでしょう。まずは、自社の課題の棚卸しを行い、解決できるDXはどんなものかを考えてみてください。