若手の人手不足やDXの遅れ、コロナ禍で変化した消費者ニーズへの対応など、さまざまな課題を抱えている不動産業。課題解決のためには企業にとって一番の資本である人材の育成が必要不可欠です。今回は、不動産業が取り組むべき人材育成研修の内容や実施するうえでのポイントなどを紹介します。
目次
不動産業界では現在、若手の人材不足・DX対応の遅れ・消費者ニーズの変化・コンプライアンス徹底の必要性など、取り組まなければならない課題を多く抱えています。
少子高齢化による生産年齢人口減少の影響で、人手不足は日本全体の課題となっています。不動産業界の場合は特に若い世代の人手不足が深刻です。国土交通省が不動産業界において今後10年間で取り組むべき課題をまとめた「不動産業ビジョン2030」によると、不動産業の就業者のうち60歳以上の割合は2000年時点で33.6%でしたが2015年には46.0%と10ポイント以上増えており、急速に高齢化が進んでいると分かります。
不動産業ビジョン2030 参考資料集(国土交通省)を加工して作成
若手人材の多くは都市での就職を希望する傾向があり、地方の不動産会社は特に若手が足りていません。全国賃貸住宅新聞が全国の不動産会社を対象に行った調査では、繁忙期の仲介成約数が減少した理由として「仲介担当スタッフの減少」が最も多く挙げられました。
若手の人材が不足する背景には、不動産業界特有の事情も関係しています。たとえば賃貸仲介業の場合、新入社員が1〜3月の繁忙期の忙しさについていけず退職するケースが少なくありません。また、営業職の給与体系として歩合制を採用している企業が多く、結果を残せない社員はノルマを達成できずに退職し、能力が高い社員はより良い条件の企業へ転職するため、人材が定着にしくい組織構造になっています。
参考:人材難による仲介会社売上難をどう回避するか ~成約減の理由1位「仲介担当スタッフの減少」~|全国賃貸住宅新聞
不動産業界ではDX(デジタルトランスフォーメーション)の対応が遅れており、ビジネス環境の変化が大きい時代における組織力・競争力の低下が不安視されています。不動産・住宅情報サイトを運営する株式会社LIFULLの調査によると、DXに実際に取り組んでいる不動産会社は5分の1程度(22.0%)に留まっています。
不動産業界でDXが進まない大きな理由の一つは、そもそもDXの必要性を感じていない企業が多いからと考えられています。上記の調査でも、約半数(46.5%)の不動産会社は「DXに取り組む予定はない」と回答し、DXに取り組んでいない(取り組めない)理由として「取り組む必要性を感じていない」が最も多く挙げられていました。不動産業界でDXを推進するためには企業の意識改革から始める必要があると言えます。
参考:LIFULL HOME'Sが不動産業界のDX推進に対する実態調査を実施|株式会社LIFULL
不動産に対する消費者ニーズは近年「所有」から「共有・利用」へと変化しつつあり、不動産業界もニーズの変化に合わせた対応を迫られています。
たとえば、ひと昔前は貴重な資産の一つとして考えられていた土地も、現在は株式や預貯金など他の資産と比べて所有の負担が大きいと感じる層が増えています。また住宅についても、新築の持ち家に対するニーズは依然としてあるものの、賃貸住宅や中古物件を希望する消費者も増加しています。
オフィス市場でも、コロナ禍の影響やワークライフバランスの観点からリモートワークが普及したため、メインオフィスの縮小やシェアオフィス・サテライトオフィスなどのサードプレイスオフィス活用が進んでいます。
不動産業界では一部の悪徳業者によって、価値がほとんどない山林・原野を「将来値上がりする」と売りつける原野商法やマンション投資詐欺、サブリース契約トラブルなどが発生しており、国土交通省や消費者庁が消費者向けに注意喚起を出しています。
不動産関連の詐欺やトラブルが相次げば業界全体の信頼に影響してしまうため、各企業・社員にはより一層のコンプライアンスの徹底が求められています。
不動産業界の課題解決に役立つ社員研修としては、営業担当者を対象とした「営業スキルの向上」、全社員を対象とした「コンプライアンス強化」「メンタルヘルスケア」、会社の上層部を対象とした「DX推進」などが挙げられます。
営業担当者一人ひとりのスキルが強化されれば成約件数が増え、人手が不足している中でも安定的に会社の売上を確保できます。営業スキルは顧客の要望を聞き出す「ヒアリング力」や顧客の課題を整理し解決策を導き出す「論理的思考力」、顧客の要望と自社の要望をすり合わせる「交渉力」などさまざまな能力から成り立っています。いずれも一朝一夕に伸ばせるスキルではありませんが、社員研修を通してマインドセットや実践のコツを体系的に学ぶことができれば、成長スピードの向上が期待できます。
コンプライアンスの徹底は、企業のリスクマネジメントや顧客・消費者からの社会的信用につながります。会社全体でコンプライアンス強化を図るためには、経営層の意識改革や内部通報制度の導入などに加えて、全社で法律や業務ルールに関する共通認識を持つ必要があります。社員研修でコンプライアンスをテーマに取り上げれば、個々の社員の認識を揃えるきっかけになるでしょう。
たとえば、不動産業は顧客の住所や物件情報など個人情報を扱う機会が多いため、個人情報保護の観点からコンプライアンス強化研修を実施すれば顧客情報漏えいのリスクを低減できます。
メンタルヘルスケア研修は、仕事に対する考え方が変わるきっかけとなり、社員のモチベーションアップや生産性向上、離職防止などが期待できます。メンタルヘルスケア研修には、社員が自分自身のストレス対処法を学ぶ「セルフケア研修」と、管理者が部下のメンタルをケアする方法を学ぶ「ラインケア研修」があります。
また、業務内容によって社員のストレスの原因が異なる場合があるため、たとえば顧客とのトラブルに対応する機会が多い窓口業務や営業担当社員にはカスタマーハラスメント対応研修を受けてもらうなど、所属やポジションによって研修内容を変える工夫も必要でしょう。
人手不足や生産性の課題に重点的に取り組みたい企業は、たとえば「営業活動の効率化につながるビッグデータ活用方法」などDXをテーマとした社員研修がおすすめです。DX推進は企業の生産性向上につながるだけでなく、社員の業務負担が軽減されてモチベーションアップ・離職防止も期待できます。
これからDXに取り組み始める企業なら、業務のルール・方針を決める管理職や経営層を対象に研修を実施したほうが良いでしょう。DXに対する上層部の意識が変わればデジタルツールの導入や業務ルールの変更などが行いやすくなり、業務効率化や組織力アップにいち早くつながるためです。
不動産業界向けの研修サービスを展開している企業を10社ピックアップし、それぞれの研修の内容や特徴をまとめました。
社会人教育・コンサルティング事業を展開する株式会社インソースは、不動産業界向けに「営業力強化」「コンプライアンス意識醸成」「メンタルヘルス」「DX推進」など幅広いテーマの研修コンテンツを用意しています。研修の実施方法は、講師派遣や公開オンライン講座受講、動画コンテンツ視聴などコンテンツによって異なります。
不動産業界出身の講師に研修を依頼できる点や、自社の状況に合わせたケーススタディ作成が可能である点がサービスのポイントです。
営業研修の専門会社である株式会社セールスアカデミーは、不動産営業職を対象にした研修プログラムが充実しています。たとえば、問い合わせや来店時の対応が重要である賃貸仲介営業では、研修テーマ例として来店を促進する電話対応やCSを高める接客術などが挙げられています。
また同社は、定額制の営業研修受け放題サービス「熱・考・動クラブ」や営業担当者の強み・弱みを診断できるサービス「営業模試」なども提供しています。
参考:不動産業界・不動産営業向けサービス|株式会社セールスアカデミー
不動産・住宅業界の人材育成事業を展開するJRC株式会社は、パッケージコンテンツではなく人事担当者に企業のニーズをヒアリングしたうえで、個々の課題解決に合わせた研修プログラムを提供しています。
また、不動産営業に特化した対話型マンツーマン研修サービス「不動産営業クリニック」もあり、プレイヤー・マネージャー・経営者(後継者)の階層別に、業績アップを目的とした長期研修を受けることができます。
株式会社RIAコア・ブレインズ|営業職向け研修が豊富
不動産業界・建築業界向けの教育事業を行う株式会社RIAコア・ブレインズは、主に営業担当者を対象とした研修を30コースほど実施しています。たとえば、売買仲介営業の実務に特化したコースや賃貸マネジメントをテーマとしたコースなどがあり、会社の事業や社員の知識・経験レベルに合わせて受講内容をカスタマイズできます。
また、同社では各コースを売買仲介・賃貸仲介・注文住宅営業・建売販売・賃貸管理など事業の種類別に分け、おすすめプログラムとして紹介しています。
参考:研修プログラムのご案内|株式会社RIAコア・ブレインズ
接客・サービス業を対象とした人材育成事業を展開する株式会社トゥルースは、不動産業界向けの研修として接客マナー、販売力・営業力アップ、成約率向上、電話対応、クレーム対応などのプログラムを紹介しています。
研修を実施する前に派遣講師と直接打ち合わせができる機会があり認識のすり合わせが可能である点や、講師が研修に集中できるようサポートチームを組織化している点、各企業の課題に合わせてオリジナルプログラムを作成できる点などが同社サービスの特徴です。
不動産流通市場の整備事業を行う公益財団法人不動産流通推進センターは、不動産業界の新入・若手社員を対象としたオンラインの通信講座「不動産基礎研修」を実施しています。研修の前半で不動産取引の基本を知り、後半で専門知識を扱う流れになっているため、不動産業に従事するうえで必要な知識を一から順を追って学ぶことができます。
参考:インターネット通信講座不動産基礎研修|公益財団法人不動産流通推進センター
住宅不動産業に関する政策活動や技術指導、研究などを行う一般社団法人全国住宅産業協会は、会員企業向けに人材育成研修を実施しています。研修コンテンツの幅は広く、2023年度の場合は新人育成、リーダーシップ、コミュニケーション、マーケティング・営業、メンタルヘルス、コンプライアンスなどの研修カテゴリーがあります。
同社の研修形態は、他社の社員と合同で研修を行う「オープン参加」のほかに、自社課題に特化した研修を実施できる「講師派遣」や、社内で講師を育成して組織の人材開発機能を強化する「内製化」があります。
参考:令和5年度研修概要|一般社団法人全国住宅産業協会 教育研修事業情報提供サイト
社員が研修で身に付けた知識やスキルを業務に還元して企業の経営にプラスの効果をもたらすためには、社員研修を実施するうえで守るべき3つのポイントがあります。
社員研修を実施するうえで重要なポイント1つ目は、企業の経営戦略や人材育成計画に基づいた研修内容にすることです。社員研修でありがちな失敗の一つに、研修自体が目的化してしまって講義やプログラムの内容が実際の業務で役に立たないケースがあります。実務に結びつかない研修は教育コストの無駄になり、研修に取り組んだ社員もスキルアップした実感を持ちにくいでしょう。
企業経営や業務改善につながる有意義な研修を行うためには、経営戦略や人材育成計画を軸に、今後どのような人材が必要になるのか、必要な人材を育てるためにはどのような教育をするべきなのかを経営層や人事部で十分整理してから研修内容を組むことが大切です。
社員研修を実施するうえで重要なポイント2つ目は、研修内容に自社の業務に沿ったケーススタディを入れることです。ケーススタディがあれば、社員が日頃の業務や職場を思い浮かべながら研修を受けられるため、内容を理解しやすくなります。しかし、事例の内容が自社の業務や職場環境とかけ離れていると、具体的な場面がイメージできず、ケーススタディで学んだ内容を普段の仕事にどう生かせばいいかわからない社員が出てくるでしょう。
不動産業と一口にいっても、賃貸物件の仲介や新築戸建ての販売、不動産投資など、さまざまな事業に分かれています。たとえば賃貸物件の仲介会社の研修で不動産投資会社の事例を取り上げても、共通点を見いだしにくい可能性があります。
他社の社員研修プログラムを利用する場合は、自社の業務・職場環境に合わせたケーススタディを作成してもらえるか企業側に相談しましょう。
社員研修を実施するうえで重要なポイント3つ目は、社員に研修を受ける明確な目的を持ってもらうことです。どんなに優れた研修プログラムを用意しても、学ぶ側の意欲が低ければ研修の効果は十分に発揮されません。社員のモチベーションを高めるためには、社員に「何のために学ぶのか」という目的意識を持ってもらう必要があります。
研修を実施する前に「担当できる業務が増えてスキルアップにつながる」「よくあるトラブルの対処法が分かる」「昇進・昇格に必要」など研修を受けるメリットや必要性を伝えると、研修に対する社員のモチベーションが上がりやすくなるでしょう。
不動産業界は、若手の人材不足やDX対応の遅れ、消費者ニーズの変化、コンプライアンス徹底など取り組むべき課題が多くあります。そのため社員研修では、営業担当者のスキル向上、全社のコンプライアンス強化・メンタルヘルスケア、DXに対する上層部の意識改革などに取り組む必要性があるでしょう。
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