小売業で研修を成功させることは、決して容易ではありません。
小売業のスタッフは頻繁に動き回り、さまざまなシフトで働くため、研修や能力開発の取り組みが難しくなるからです。
しかし、働く人のスキル向上は、企業の競争力を高めるだけでなく、満足度を高めるうえでも不可欠です。
本記事では、小売業の現場に適した研修計画の立案から実践の工夫に至るまでを詳しく解説します。
研修計画や実施方法に関してお悩みの経営者、人事担当者、およびスタッフの成長を支援する管理職の皆さまにとって、この記事が有益な情報となるよう願っています。
ぜひ最後までお読みいただき、研修プログラムの改善にお役立てください。
目次
現代の小売業を支えるすべての人には、従来の商品知識や顧客に対するサービススキルを超える、広範な知識や能力が求められています。
業界の変化に対応し、「新しい顧客」の進化するニーズに対応する必要があるからです。
現代の小売業界は、急激ともいえる顧客の変化に適応しなければなりません。
消費者は、以前に比べてブランドへの忠誠心が薄く、さまざまなチャネルを通じた購入を厭わなくなっています。また、迅速な配送への要求もいっそう高まっています。
大手コンサルティング会社のマッキンゼーは、この新しい顧客像を「ゼロ消費者」と呼び、分析しています。
以下は、ゼロ消費者の特徴です。
参考: A new playbook for retail leaders | McKinsey
また、日本は他国に比べると、人との対話を重視する消費者の割合が低いという特徴もあります。こうした消費者の心の機微についても、考慮しなければなりません。
参考: Customer experience is everything: PwC
このような新しい顧客像に対応するために、小売業者は顧客や環境の変化を敏感に察知し、「ポジティブな購買体験」を提供す必要があります。
そして、新しい顧客を自社のファンにするうえで重要な役割を果たすのが「研修」です。
個々のスタッフが持つ知識と技術により、さまざまな顧客や状況に対応できるケースもありますが、常に全てのスタッフが適切に対処できるわけではありません。
また、個人の技量に依存すると、企業や店舗全体の一貫性が失われるリスクも伴います。
研修を通して全スタッフが共通の知識とスキルを身につけることは、組織全体の能力向上につながります。研修を実施する具体的なメリットは以下の通りです。
研修を通じて、効果的なコミュニケーション技術、問題解決能力、および顧客の期待を超えるサービス提供の方法を学びます。これらのスキルの向上は、顧客満足度を高め、リピート購入や新規顧客獲得に寄与します。
従業員が商品に関する深い知識を得ることで、顧客満足度の向上、販売機会の増加、およびブランド信頼性の向上に貢献できます。
アップセリング(既存顧客に対して高価格の製品等の購入を促す販売戦略)、クロスセリング(顧客が 購入する製品と関連ある追加製品を提案する販売戦略)、限定オファー(時間や数量を限定する販売提案)、デモンストレーション(製品の特長や使用方法を実際に示す販売提案)などの技術を習得することで、顧客の購入意欲を刺激し、有利な交渉につなげます。
在庫管理、顧客対応、販売技術などに関して効率的に業務を遂行する方法を学び、売上増加と利益増加に貢献します。
小売業のストレスの多い環境での対処方法を学ぶことにより、職場でのストレスを軽減でき、精神的な安心感を得られるでしょう。
グループ研修を通じて、スタッフ間のコミュニケーションと協力がすすみ、共通の目標に向かって働く文化が醸成されます。
2022年の調査によると、「卸売業・小売業」で新たに職に就いた人は約130万人。これは全産業中で2番目に多い数ですが、離職者数はこれを上回る約140万人となっています。
これは、小売業界が特に人材の離職防止策を講じる必要性を示しており、研修などの人材育成が有効となる可能性を示唆しています。
ここからは、小売業での研修を成功させるため、知っておいていただきたい基礎的な情報を整理します。
小売業とひと言でいっても、取り扱う商品や対象顧客によって必要な知識やスキルは異なります。
しかし、小売業のスタッフ全員に共通して必要な知識やスキル項目も存在します。以下にその一部を紹介します。
項目 | 内容例 |
---|---|
カスタマーサービスと 顧客体験の向上 |
・顧客に一貫したポジティブな体験を提供するため のスキル ・アップセリング(顧客が検討している商品等より高い 価格帯を購入してもらうテクニック) ・クロスセリング(顧客が検討しているものとは別の 商品やサービスを同時に購入してもらうテクニック) |
製品知識と販売スキル の向上 |
・商品の特徴や利点の伝達 ・売り場での販売機会の特定 |
職務を遂行するための 基礎項目 |
・新しく迎え入れたスタッフが、職務を遂行するため の基礎知識 ・企業の文化、ブランド、仕事の流れ、チームの構造など |
安全性とコンプライアンス | ・職場や店舗の安全性を確保するための知識 (災害や火災、情報安全性) ・内部窃盗や万引き犯の対処 ・顧客とのトラブル対応 |
犯罪やハイテク詐欺防止 | ・偽造現金や不正なカードの特定 ・個人情報盗難の防止策 |
コミュニケーションと リーダーシップ |
・職場や店舗におけるコミュニケーションスキル ・リーダーシップスキル |
デジタル・マーケティング およびソフトウェアの操作 |
・在庫管理、請求書作成 ・マーケティングツールの操作等 ・デジタル・マーケティングの知識 |
2023年4月に発表されたlearningBOX株式会社による調査では、小売業界の191人(20〜60代)のうち69.6%が「研修内容を業務に活かせている」と感じています。
その一方で、「研修に満足していない」との回答は37.7%にのぼり、「毎年社員研修の内容を変更する必要がある」と考える人は81.1%を占めています。
研修における最大の課題として挙げられたのは、「時間が経つと研修内容を忘れる(42.9%)」でした。ついで「十分な知識やスキルが習得できない(34.0%)」、「習得した知識やスキルを活かす場がない(28.3%)」という回答が続いています。
同社は、小売業以外でも同じ調査を行っていますが、「研修で重要視すべきこと」で以下の項目が5割を超える結果となったのは、小売業だけだったそうです。
これらの結果から、小売業界は研修の重要性を認識し積極的に実施してはいるものの、さまざまな課題に直面している実態もみえてきます。
参考: 小売|社員研修実態調査 - learningBOX株式会社
ここからは、小売業での研修を成功に導くための基本的なステップと、現代的ニーズに対応するためのアプローチを紹介します。
効果的な研修を行うためのステップです。実施後は、振り返りを行い、内容をさらにブラッシュアップしましょう。
研修プログラムを成功に導く第一歩は、組織の目標やスタッフの成長に関するニーズを深く理解することにあります。組織のビジョンや短期的な目標を分析し、スタッフのスキルセットや職務上の課題を把握しておきましょう。
目標設定は、研修の参加者および組織の有意義な成果に不可欠です。参加者が何を学び、どのように成長すべきかを、具体的に設定しましょう。目標は具体的であるほか、達成可能で期限があり、達成時に明確に測定できる形が望ましいです。
自社研修では、スタッフのニーズに合わせたカリキュラムを開発します。専門知識が豊富な講師を選定し、適切な教材を選びましょう。
社外研修を選択するなら、機関の専門性や講師の質、過去の実績を考慮し、最適な研修プログラムを提供する機関を選定します。必要に応じて、既存プログラムのカスタマイズも依頼できると良いでしょう。
スタッフの勤務スケジュールと現場の業務負担を考慮し、適切な研修日程を立案し決定します。
社外研修を利用する場合は、コストと契約条件について確認しましょう。キャンセルポリシー、参加者数の変更に関する規定など、契約にあるリスクについても理解しておくことが大切です。
1〜5にあげた各ステップの注意点を意識したうえで設計した研修を実施します。
研修を実施したら受講者からのフィードバックを集め、評価し、改善点を見つけ出します。必要に応じてフォローアップ研修を実施し、継続的な改善を図ります。
小売業の研修では、以下の5つの工夫を取り入れることで、「社員レベルに合わせた」「現場で活かせる」内容を「定着するまでの反復」する研修を実現できます。
小売業では、現場での実践的な学びが非常に重要です。
とくに経験豊富なスタッフによる指導は、知識伝達そのものが学習につながり、人間関係の構築にも役立ちます。
この場合、指導者となるスタッフには、教授法や支援手法を学ぶ必要があるため、彼らに対するトレーニングやサポート体制の整備を行いましょう。
従来の対面式の教育と、オンライン学習を組み合わせた教育方法(ブレンディッドラーニング)を取り入れましょう。
オンラインで学ぶ柔軟性と、実践で使えるようにするためのインタラクティブな学習手法との組み合わせです。ディスカッション、ロールプレイ、ケーススタディなどの手法の採用し、スタッフが学んだ知識を実際の状況に適用する機会を提供します。
モバイルベースでの学習機会の導入により、小売業スタッフの多様なライフスタイルに適応した研修が提供できます。
また、短い動画を使用した反復学習は、情報の定着を助ける効果的な手段です。文章より動画コンテンツを好む人は多いため、学習のハードルを下げる効果も期待できます。
研修コンテンツの選択や改定においては、スタッフのフィードバックを上手に活用しましょう。
小売業のスタッフは、パートタイム、フルタイム、チームリーダー、販売員など、多様な業務形態で異なる役割を持っており、一律のコンテンツで全員のニーズに応えることは困難です。
スタッフが現場で感じているニーズや課題は、彼ら自身が最もよく理解しています。計画段階から彼らの意見を取り入れると、より実用的で効果的な研修内容を策定できます。
研修結果を数値で確認したうえで、スタッフからのフィードバックも加えて、研修内容に改善を加えます。
このとき、反復のために以前学んだ内容を別の方法で学習し直すプログラムを取り入れるのも良いでしょう。
継続学習を支援するためのフィードバックや支援の提供、さらに学習を奨励する文化の醸成なども、スタッフのスキルアップに役立ちます。
ここでは、小売業向けに研修サービスを提供している3社をご紹介します。
2002年設立の株式会社インソースは、業界別に特化した研修プログラムを多数提供する会社です。小売業界においては、過去約5年間で52,580名以上の小売業関係者に研修を提供してきた実績があります。
同社の研修プログラムには、マーケティング、新商品企画、接客・クロージング、店長やエリアマネージャーのマネジメントスキル向上など、組織全体の売上と利益増加を目指す内容が含まれています。また、小売業界のデジタル化と人材確保の面でも支援を行っています。
株式会社リスキルは、人材育成事業に特化して実績を上げてきた会社です。
リスキルが提供する小売業界向けの研修プログラムは、実践的なスキルの習得に重点を置いており、さまざまな職種のスタッフのニーズに応える多様な内容を含みます。
アップセルやクロスセルの機会を最大化する方法や、マーケティング力や新商品企画力の向上を目指す内容から、店舗の成長を支えるマネジメントスキルの習得まで、幅広いテーマが扱われています。
株式会社ラーニングエージェンシー(旧:トーマツ イノベーション株式会社)は、組織開発と人材育成の幅広いサービスを提供する会社です。
小売業・サービス業向けには、販売員ベーシックスキル研修や、店長リーダーシップ研修などを展開しています。販売員としてのスキルや振る舞い、魅力的な売り場作りの技術、店舗運営に必要なリーダーシップスキルの習得など、業界の現代的ニーズに応え、売上増加や顧客満足度の向上への貢献を目指しています。
この記事では、「小売業における効果的な研修戦略」というテーマで、成果をもたらすうえで必要な要素を詳しく解説しました。
現代の消費者は、以前よりもブランドへのロイヤリティ獲得や関係維持が困難になっています。そのため小売業界では、個々のスタッフの責任が増大しており、彼らを効果的に支援するためには研修の適切な活用が重要となっています。
本記事を参考に、スタッフが活躍できるような教育支援を提供していただければ幸いです。
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