デジタル技術活用によるビジネスモデル変革を意味する「DX(デジタルトランスフォーメーション)」。DXの必要性が認識され、取り組みを始める企業は増えていますが、人材不足がDX推進の障壁となっています。今回は日本企業の課題として挙げられるDX人材不足の現状、DX人材に必要なスキルや育成方法についてご紹介します。
目次
DX人材は企業のDX推進に必要な人材のことです。データサイエンティストやエンジニア、UI/UXデザイナーといった専門スキルを持った人材を指すことが多い傾向にありますが、企業によってはDXプロジェクトの企画に携わったり、現場でDXを活用したりする人材も含めてDX人材と呼んでいます。
日本企業の課題として、DXを推進する人材不足が挙げられます。2022年3月に総務省が発表した「国内外における最新の情報通信技術の研究開発及びデジタル活用の動向に関する調査研究の請負成果報告書」では、日本、米国、ドイツ、中国の4か国の企業にアンケート調査を行い、デジタル化の課題として人材不足を挙げた割合は、他国と比較して日本が最も多く67.6%でした(米国26.9%、ドイツ50.8%、中国56.1%)。
DXリテラシー標準とは、経営層を含むすべてのビジネスパーソンに必要な能力・スキルを定義したものです。DXリテラシーの習得によってDXを自分事としてとらえ、変革に向けて行動できるようにすることを狙いとしています。「デジタルスキル標準 ver.1.1」 にDXの学習項目例が紹介されているため、学習の指針となるでしょう。
DX推進スキル標準は、ビジネスアーキテクト、デザイナー、データサイエンティスト、ソフトウェアエンジニア、サイバーセキュリティの5つの人材の役割と必要なスキルを定義しています。
【各人材に求められるスキル】
新規事業開発、既存事業の高度化、社内業務の高度化・効率化を実現するためのビジネス変革やデー タ活用のスキル、テクノロジーやセキュリティのスキル
デザインを通じた価値創造・問題解決のためのデザインを実現するための顧客・ユーザー理解とニーズに基づくアイデアの具現化、マーケティングやブランディングのスキル
自社や組織のデータ活用による競争力向上を可能にする、データ戦略立案やプロジェクトマネジメント、データの処理・解析やデータ活用の仕組みづくり、データ活用の基盤となるデータ分析環境構築のスキル
デジタル技術を活用したシステムやソフトウェアの設計・実装・運用を実施するためのフロントエンド・バックエンド開発、クラウドインフラ活用、プロジェクトマネジメントやセキュリティ技術、フィジカルコンピューティング のスキル
セキュアなデジタル環境の実現とセキュリティインシデントの未然防止を図るためのセキュリティマネジメント、DXの技術動向の把握・理解、ビジネス変革やデータ活用のスキル
経済産業省・IPAが公表したデジタルスキル標準は、DXリテラシー標準の中で、ビジネスパーソン一人ひとりが新しい価値を生み出すために求められる意識・姿勢・行動を7つの「マインド・スタンス」 で定義しています。各項目について解説します。
デジタル化の加速によって社会は大きく変化し、会社で身に付けた知識やスキルは急速に陳腐化します。このようなデジタル化による変化を拒み、既存の方法を続けるのではなく、新しい環境やテクノロジー、働き方を受け入れ、主体的に学んでいくことが求められます。
組織内の部門が他部門と連携せず、自部門のみに関心を向けることを「サイロ化」あるいは「セクショナリズム」 と呼びます。DX推進はIT部門やDX推進部門といった専門の部署だけではなく、全社一丸となって取り組む必要があります。さまざまな専門性と多様な価値観を持つ人材とコミュニケーションを図りながら、推進活動に取り組むことが重要です。
ビジネスを成功させるためには、顧客やユーザーのニーズを把握することが不可欠ですが、顧客・ユーザーは自らのニーズを正確に把握していない場合もあります。顧客・ユーザーの視点に立ち、ニーズを発見しようとする姿勢が期待されます。
問題解決にはさまざまなアプローチが考えられます。今までの人の作業を前提とする業務プロセスの自動化ツールを用いて自動化したり、顧客からの問い合わせ対応の負担軽減にチャットボットを活用したりするなど、既存のやり方にとらわれない柔軟な発想が必要とされます。
フランスの数学者・哲学者であるデカルトは自身の著書『方法序説』の中で、「困難は分割せよ」と述べました。これはビジネスにも当てはまります。最初から高い目標を立ててしまうと、失敗した場合の方向転換は容易ではありません。最初は小さな目標を立て、達成するごとに目標を上げていくといったスモールステップの考え方を持つことが大切になります。
新しい試みを行おうとする場合、前例がなく、成功するかどうか判断できないという場合が少なくありません。このようなときに前例がないという理由で新しい試みをあきらめてしまうことは、せっかくのビジネスチャンスを逃してしまうことを意味します。社内の一部組織でパイロット的 に実施するなど、柔軟な意思決定ができるマインドが人材・組織に求められます。
物事を自分の経験や勘のみに頼ってしまうと、判断を見誤ったり、表面的な理解にとどまったりする可能性があります。仮説を立てて検証するなど、客観的な事実やデータに基づいて物事を判断するマインドを持つことが肝要です。また、事実やデータに基づいた判断は適切なデータを用いることが前提となるため、適切なデータの入力を意識する必要があります。
以下の3つのステップでDX人材の育成を進めます。
自社のDX戦略を実現するために必要な人材を定義した上で、育成計画を策定します。DX人材を定義する際は現実劇な視点を持つようにしましょう。DX人材をあらゆるスキルを兼ね備えた理想の人材として定義 してしまうと、育成が難しくなります。
DXは一部の部門や社員が取り組むだけでは実現しません。全社員を対象に、DXの重要性を理解し、自分ごととして取り組めるようにするためのリテラシー教育を実施します。
マーケティングのためにデータ分析をする社員もいれば、分析結果を現場で活用する社員もいるように、社員ごとにDXの実践方法やレベルは異なります。各自の業務に応じたデジタル教育を実施します。
DX人材育成のためのさまざまな研修がありますが、その中から5つをご紹介します。
企画担当者向けのコースとITエンジニア向けのコースに分かれています。
企画担当者向けのコースは、DX推進や新規ビジネスの企画に携わる方を対象にしています。デザイン思考の基本的な知識を持ち、顧客発見を重視したデザイン思考を現場に導入したいという方に向いています。本コースの2日間の研修のうち、講義が30%、演習が70%と演習重視の内容となっています。
ITエンジニア向けのコースは、組織内で現在または今後DX推進に携わる方を対象としています。デザイン思考とアジャイル開発に必要とされるマインドセットを、ワークショップで醸成します。3日間で本コースを実施する場合、1日目にデザイン思考の概要について学び、2日目に実際にアジャイル開発(スクラム)によりプロトタイプ作成やテスト設計を実施、3日目でスプリントと全体の振り返りを行います。
出典:高付加価値の実現に向けたDX実践基礎講座|株式会社オージス総研
PythonやJavaScriptといった基礎的なプログラミングの知識を持つ方が、DXの進め方や各企業のDX事例、AI・IoT、クラウドなどの先端IT技術について学ぶ、28時間のコースです。AIの学習ではPythonのオープンソースライブラリーを活用した、レコメンド機能やテキスト分類の実装、IoTの学習ではスマートハウス向けの通信規格「ECHONET Lite」を活用したアプリ開発に取り組みます。
なお、インターネット・アカデミーはECHONET Liteの推進団体「エコーネットコンソーシアム」の認定教育機関でもあります。クラウドプラットフォーム「AWS」のアカウント作成やサーバー接続についても学習し、研修を通して自社のDX戦略やスケジュールを描けるようになることを目標としています。
出典:DX 先端IT技術コース|インターネット・アカデミー株式会社
DXの基本を学びたいと考えるすべての方を対象にした、60分×9コマのWeb動画講義です。「あなたの会社がデジタル変革するために必要なこと」(全1回)はKDDI株式会社が運営する「KDDI DIGITAL GATE」とのタイアップ講義で、DXの現場への落とし込み方を理解します。
「イノベーションを生み出す『デザイン思考』の教科書」(全5回)は、デザイン思考の概念や実践方法について学びます。デザイン思考は、AppleやGoogleといった企業の製品開発のアプローチ手法でもあり、クリエイティブ系職種以外の方も身に付けたい考え方です。「Deep Techが創る未来」(全3回)は世の中の最新技術について学ぶ講義です。量子コンピュータ、ALIFE(人工生命)、そして脳への薬物送達技術を取り上げ、これらの技術が私たちの生活にどのような変化をもたらすのかを学びます。
出典:DX(デジタルトランスフォーメーション)研修パッケージ|株式会社Schoo
10時間のeラーニング(「DX講座」と「AIジェネラリスト基礎講座(G検定対応)」)と3時間のLIVE配信(質疑応答およびワークショップ)で構成される研修です。DX講座では、DXが必要とされる背景からDXを支えるAI・IoTといった先端技術、DXの開発現場で用いられるアジャイルやノーコード/ローコードといった手法について学ぶ他、DXを実現するための組織づくりやビジネスモデルについても紹介します。
また、AIジェネラリスト基礎講座は、一般社団法人日本ディープラーニング協会(JDLA)が実施するG検定に対応しています。「AIやディープラーニングを活用するためのリテラシーを身に付けたい」「AIエンジニアを目指しているので初めの一歩を踏み出したい」という方におすすめできる研修です。
出典:自社のDX推進を加速する「新入社員向けDX研修」|スキルアップAI株式会社
DX推進に携わっている方を対象に、自社のDXを進めるきっかけをつかむための1日間の研修です。DXに対する理解が不十分だったり、どこからDXを始めれば良いのか分からなかったりするという方も、研修受講後はDXについて人に説明できたり、DXの始め方が具体的にイメージできているようになります。
本研修は反転学習を採用した、事前動画+集合研修から構成される研修です。通常の研修のように研修で説明を受けてから演習をするという流れではなく、DXの基礎知識を学ぶ動画を視聴した上で、集合研修で自社のDXのはじめの一歩を考えるためのワークに参加します。ワークでは自社のDXのポイントを見つけるためにブロックを用います。
出典:【PDU対象】DXファーストステップ ~変革のためのポイントとテクノロジーを押さえ、DXの「はじめの一歩」を探る~|トレノケート株式会社
DX推進の鍵となるDX人材育成がどのように行われているのか、以下で実際の事例を見ていきましょう。
1959年にファインセラミックスの専門メーカーとして創業した京セラは、現在はファインセラミックスに加えて電子部品、機械工具、スマートフォン、複合機など、事業を多角展開しています。2023年3月期の売上高は約2兆253億円、海外売上高比率は7割を超える、日本を代表するグローバル企業です。
京セラにおける人材育成には、同社の創業者である稲森和夫氏が生み出した「アメーバ経営」が大きな影響を与えています。アメーバ経営は、組織をアメーバと呼ばれる独立採算制の小集団に分け、小集団のリーダーを中心に全員が経営に参画するというボトムアップ型の仕組みです。
機械工具事業本部はDX戦略の1つとして、無駄の多い紙やメールでのやりとりをやめる「工場電子化」を掲げています。DXもボトムアップ型の現場主体で進められ、DX推進部に社内公募で集まった人材が1年間研修を受け、その後、元の所属先に戻ってDXを推進します。DX推進部に集まった人材は現場に精通したメンバーであり、専門的なIT知識を持つメンバーではないため、プログラミングスキルがなくても業務アプリを開発できるkintone(キントーン)が採用されています。プラグインが数多く用意される点、他のシステムとの連携も容易である点などがkintone採用に至った理由です。
kintoneの勉強会に参加してスキルを身に付けたメンバーは、アプリ作成の権限が付与され、自由にアプリを作成できます。ノーコード開発においては、アプリ開発者の異動などで保守できる担当者がいないにもかかわらず利用され続ける、いわゆる「野良アプリ」が懸念されます。しかし、同事業本部では、まずは電子化の文化を根付かせることを優先させるため、直近ではkintoneを用いた積極的なアプリ開発を奨励しています。在庫移動アプリの導入によって年間780時間の工数削減を実現しました。
ダイキンは、2023年3月期(2022年度)の売上高は3兆9,816億円、海外売上高比率は83%を占めるグローバル空調機器メーカーです。新興国の発展により空調需要が拡大し、エネルギー消費量の増加が見込まれる中で、カーボンニュートラル社会の実現に向けて積極的に取り組んでいます。
自社を取り巻く外部環境変化と自社の強みを踏まえ、2022年3月期から2026年3月期までの5年間の戦略経営計画「FUSION25」を策定し、成長戦略3テーマ・強化地域/事業3テーマ・経営基盤強化5テーマの計11の重点戦略テーマを設けています。経営基盤強化のテーマの1つ「変革を支えるデジタル化の推進」では新規ビジネス創出を図るビジネスイノベーションや経営基盤の高度化を支えるプロセスイノベーションを推進し、デジタル化を加速させるとしています。
ダイキンはエアコンを主力製品とするハードウェア企業ですが、エアコンに搭載されるソフトウェアの重要性も高まっています。しかし、社内にはデジタル人材が限られており、採用も容易でないため、自社による育成を始めました。
同社は2017年12月に「ダイキン情報技術大学(DICT)」という社内講座を開講しました。この講座は各部門から選抜された社員が、包括連携契約を締結している大阪大学をはじめとする教育・研究機関などの講師から、AIの基礎知識や活用方法について学ぶというものです。同社は2023年3月期末にデジタル人材を1,500人ほどに増やしたい考えです。
2018年に開始した新入社員向けのIoT・AI人材育成講座では、約300人の技術系社員から100人を選抜しました。入学者は2年間通常業務は割り当てられず、DICTでの研修に専念します。1年目にIoT・AIの専門知識および空調技術などを学び、2年目には開発・製造部門、営業部門などから募集したテーマについて現場で演習を行い、1年目で学んだ内容の活用に取り組みます。
今回はDX人材の意味や求められるマインドについてご紹介しました。日本企業はDX人材の不足を課題として抱えています。DX推進は一過性ではなく、継続して取り組むべきものであり、DX人材の確保と育成も長期的視点で進める必要があります。自社に必要なDX人材を明らかにし、育成計画の策定及び実施を進めましょう。
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