さまざまな業界にDX(デジタルトランスフォーメーション)の波がきています。化学業界も例外ではなく、DXの推進によって業界の課題を解決できたり、企業・メーカーとしての強い競争力を手にできたりする可能性があります。
今回は化学業界のDXに焦点を当て、化学業界が抱える課題やDXによって実現できることを解説します。
目次
DX(デジタルトランスフォーメーション)とは、AIやビッグデータ、IoTといったデジタル技術を駆使して、業務効率化や生産性の向上を実現したり、新しいビジネスモデルや価値観を創出したりすることです。
化学業界においてDXを推進すれば、業界や企業が抱える課題を解決できる可能性がある他、他社の競合と差別化を図れる可能性があります。
次に化学業界が抱える課題や化学DXの推進が必要な背景について解説します。具体的な課題や背景は次の通りです。
それぞれ詳しく見ていきましょう。
化学業界ではDXの推進が遅れています。
日本の化学業界や化学メーカーでは、研究者の職人的な勘と経験に頼って成果をあげてきた側面があります。一方、ITに関しては苦手意識があり、ITテクノロジーの導入に遅れをとっている傾向があります。
そのため、DXの推進が想定以上に遅れているのが現状です。
欧米の化学業界では、90年代以降積極的に最新のテクノロジーを導入してきた経緯があり、収集したデータを活用したデータドリブンでのビジネスの判断、デジタル活用による業務効率化が実現しています。
また、海外の化学メーカーはM&Aによって市場を拡大しており、企業規模の面で優位性を持っています。
このような状況で、日本の化学メーカーが世界で活躍するためには、デジタル技術活用の促進が欠かせません。テクノロジーを活用した業務の自動化や効率化を実現できれば、業務の属人化や労働人口の減少にも対応でき、生産性や競争力の向上を期待できます。
化学産業は需要変化の影響を比較的受けにくい傾向にありましたが、近年ではさまざまな変化によって需要の先行きが不透明になっています。
たとえば、電気自動車の普及によって化学メーカーは大きな影響を受けている他、技術力が向上している中国・東南アジア諸国の化学メーカーの市場での影響力や存在感が増している状況です。
また、エネルギー価格の上昇も、市場に影響を及ぼしています。
このような状況において、化学メーカーが市場の変化に対応しつつ競争力をキープするためには、外部の変化に強いビジネスの構築や、新規市場の開拓が必要です。
各企業が変革し、ひいては業界が変わっていくためには、DXの推進が大きなカギを握るといって過言ではないでしょう。
かつて、日本は化学業界において世界をリードする存在でした。しかし、近年では製造コストの低下や技術力の向上によって、諸外国にシェアを奪われている状況にあります。
これまで納期と品質が重視されてきた化学業界ですが、ものづくりの海外進出が求められる現在では、世界規模の競争に耐えうるコストを重視した戦略が必要になっています。
しかし、DXの推進が進んでいない化学業界では、コスト削減を目指したサプライチェーンマネジメント(製品の部材調達から製造、物流、エンドユーザーが手にするまで全体の流れを効率化・最適化する経営管理手法)がうまくできていない状況です。
サプライチェーンマネジメントを最適化し、世界との競争に勝つためには、DXの推進は欠かせないのです。
化学業界でDXを推進した場合に実現できることは以下の通りです。
それぞれ詳しく見ていきましょう。
化学DXの推進によって、ビッグデータの収集や分析、活用が可能になります。
化学工場には膨大で多様な種類のデータが蓄積されていますが、うまく活用できているとは決していえない状況です。
データを正確に収集して分析・活用することで、生産性の向上や製造時のエネルギー消費量の削減を期待できます。
また、サプライチェーン全体の業務効率化やリードタイムの短縮が実現できる可能性がある他、AIやロボットを導入すれば、製造過程で発生するデータを収集しやすくなったり、危険な工程を代行させられたりできるため、製品の製造を安全かつ安心して進められます。
化学DXを推進すれば、研究開発分野のデジタル化を進められます。
化学業界では企業がR&D(Research & Development、研究開発)を中心として位置づけることが一般的です。
これまでは、従来の熟練研究者による経験や知識による競争優位性が重要視されてきましたが、近年ではデータ駆動型やAIによる開発の高速化が重要視されるようになるなど、変化が起き始めています。
実際、実験作業(特に合成など)はロボットによる自動化が進んでおり、リモート操作や24時間稼働が可能になっています。
また、膨大な研究データをAIに解析させれば、これまでにはなかった新たな組み合わせの発見や最適な配分などが短時間で実現できる可能性があります。
DXの推進によって、データ駆動型へのシフトに向けた研究情報のデータベース化や、AI・ロボットの活用、オペレーションの整理、データの標準化が実現できれば、最適かつ効率的な研究が可能になり、世界規模での競争力を得られる可能性があるのです。
化学DXの推進によって、サプライチェーンの最適化が実現します。
サプライチェーンは化学業界にとって課題が多いとされています。従来は納期と品質が重視されてきましたが、海外進出が必要になった現在では、グローバル競争に耐えうるコスト重視の戦略が求められています。
そこで重要になるのがデジタル技術を駆使して最適化されたサプライチェーン管理です。
特に関係企業間でのコミュニケーションが効率化されることで、紙媒体や電話などのアナログ業務が不要になる他、正確でタイムリーな情報共有が可能になります。
ここでは、化学業界でDXを導入した事例をいくつか紹介します。
住友化学株式会社は、2021年4月にデジタル革新の推進・人材育成を目的として、アクセンチュア株式会社との合弁会社「SUMIKA DX ACCENT株式会社」を設立しました。
住友化学株式会社は、2019年から2021年の中期経営計画基本方針の1つとして、デジタル革新による生産性の飛躍的向上を掲げていました。
ITシステムの導入に関連するプロジェクト推進・開発、運用を担うグループ企業の住友化学システムサービス株式会社を吸収合併していましたが、さらなるデジタル革新の強化策として、合弁会社の設立に至っています。
アクセンチュア株式会社が持つAIやアナリティクス、オートメーションなどのノウハウや専門人材を活用して、デジタル化推進の加速と人材育成を進める考えです。
また、2022年からはデジタル技術の活用により、事業の競争力強化に向けた取り組みを本格的に推進すると発表。3段階のうち第2段階に入ったDX戦略は新たな局面を迎えようとしています。
参考:アクセンチュアと合弁会社「SUMIKA DX ACCENT」を設立 ~デジタル革新のさらなる加速に向けてIT体制を強化~
三菱ケミカルグループは化学業界におけるDX推進の先駆けとして、2017年にCDO(最高デジタル責任者)を外部から招聘しています。
そこから100件を超えるDXプロジェクトを立ち上げており、テキストマイニングCoE、マテリアルズインフォマティクスCoEなど、DXを進めるための環境整備や、機械学習プロジェクトキャンパス「Digital Play Outlook」といったツールの制作を行っています。
2021年に発表された新中期経営改革においては、「ヒトとデジタルの協調による、持続可能な未来に向けた価値創出への変革」をDXのビジョンとして掲げており、全社をあげてDX推進に取り組んでいます。
旭化成株式会社では「DX Vision2030」を策定し、2030年にDXを通じて実現する世界をアピールしています。
同社ではDXを経営革新実現の手段と位置づけており、現在はデジタル創造期としてビジネスモデルの変革や無形資産の価値化、経営意思決定への活用、人材マネジメントの活用などに取り組んでいます。
また、旭化成グループの強みである調整を生かして、デジタルとの共創による変革を横断的に推進・実現するために、デジタル共創本部を設立。さまざまな部門のデジタル人財が集結し、DX基盤の強化や新規ビジネスの創出を目指して活動しています。
さらに「中期経営計画2024 ~Be a Trailblazer~」では人財・データ活用量・増益貢献金額をそれぞれ大幅に増やすことや、2024年までにDX推進に約300億円を投入し、ビジネスモデルを最速で変えていくことを目標として掲げています。
実際には、人工知能や統計解析により素材の研究・開発を効率化するMI(マテリアルズ・インフォマティクス)の活用を推進しており、すでに短期間で革新的な素材の開発につながる成果を多数あげています。
またR&D領域のDXも推進しており、自律的に実験や探索を行うスマートラボの構築を進めているところです。
参考:事例|デジタルトランスフォーメーション|旭化成株式会社
それぞれ詳しく見ていきましょう。
富士電機株式会社が提供する「まるごとスマート保安サービス」は、IoTやAI技術を活用して、化学プラントや工場の保全業務を最適化(スマート化)するサービスです。
化学プラントではプラント設備の老朽化が進んでいる他、保安人材の高齢化や人材不足、スキルや技術の伝承など、さまざまな課題を抱えています。
IoTやAIなどの技術を活用することで、化学プラントや工場の設備の遠隔監視や保全管理支援、異常兆候の早期検知が可能です。また、保全作業の効率化・データ分析により管理方法の見直しや化学プラント設備の安全稼働ができるようになる他、保全のコストカットも実現できます。
さらに、機器メーカーとして蓄積されている高度な診断・点検技術や保全ノウハウが提供されるため、保全体制の維持や品質の確保が可能になります。
化学プラントでの業務効率化や保安領域に課題があると感じている場合は、まるごとスマート保安サービスをチェックしてみてください。
データケミカル株式会社が提供する「Datachemical LAB」は、AIや機械学習を活用した実験や製造のデータを解析するクラウドサービスです。
高度なデータ解析や予測モデルの構築、機械学習プログラムを、簡単な操作で操作できるのが特徴。プログラミングなしに実行できるため、さまざまな技術開発テーマにおいて、研究・開発費の低コストや開発スピードの向上、データサイエンスでの新たな知見の獲得を期待できます。
分子設計や材料設計、プロセス設計・管理などに活用でき、研究室での実験から量産化までトータルで対応可能なサービスとなっています。
化学業界は、研究・開発の独自性からITに関する苦手意識があり、DXの推進が進んでいません。しかし、世界規模での競争力の習得や新たな価値観・ビジネスの構築のためには、デジタル技術の導入による変化が必要になるでしょう。
本記事を参考に、化学業界でのDX推進を前向きに検討してみてはいかがでしょうか。
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