製造業界における働き方改革は、単なる労働環境の見直しを超えた、企業の持続可能性と競争力を高めるための戦略的な取り組みです。
日本経済の基盤とも言える製造業では、技術革新と並行して、労働者一人ひとりの働き方の革新が喫緊の課題となっています。
この記事では、製造業における働き方改革の必要性から、その実現に向けた具体的な手法、成功事例に至るまでを網羅的に解説します。
働き方改革がなぜ必要なのか、どのように進めれば良いのか、そしてどのような成果を期待できるのか。これらの疑問に答えるため、実際の事例をもとに、製造業特有の課題に対する解決策を明らかにし、読者の皆様が自社の取り組みに活かせる知見を提供します。
目次
まず、そもそも「働き方改革」とは何であるかを確認し、製造業で働き方改革が必要とされる背景について整理します。
「働き方改革」とは、労働者が自身のライフスタイルやキャリアプランに合わせて、多様で柔軟な働き方を選択できるようにする国の取り組みです。
厚生労働省は働き方改革を、「働く方々が個々の事情に応じた多様で柔軟な働き方を自分で「選択」できるようにするための改革」と定義しています。
この改革の目的は「一億総活躍社会」の実現にあり、そのための具体的な目標として、時間外労働の削減、多様な人材の活用、同一労働同一賃金の実現などが挙げられます。
さらに、個人が自らのキャリアを積極的に設計しやすい労働市場の形成も期待されています。
参考:事例から学ぶ!「働き方改革」 | 経済産業省 中小企業庁
製造業は、日本経済の支柱であり、その競争力は国の持続可能な成長に直結します。
以下に、なぜ働き方改革が製造業において必要不可欠であるのか、その理由を整理します。
参考:第1部第2章 ものづくり人材の確保と育成:2020年版ものづくり白書(METI/経済産業省)
1. 労働人口減少への挑戦 - 多様な人材の活用
少子高齢化による労働人口の減少は、製造業において深刻な問題です。働き方改革は、新しい才能の発掘と既存人材の能力活用を可能にし、多様な背景を持つ人々が活躍できる環境を創出します。
2. 生産性の向上 - 健康と効率の両立
製造業において従業員の健康と創造性は大きな資本ですが、長時間労働が状態化しているのが実情です。無駄な業務の削減と効率化を実現し、生産性の向上を目指す働き方改革により、疲弊した労働環境の活性化が期待されます。
3. グローバル競争に勝つ - 労働効率の最適化
生産性の向上と労働効率の改善は、グローバル市場における日本製造業の競争力を強化するうえで欠かせません。働き方改革を通じての実現に期待が高まります。
4. 絶え間ない変化への適応 - 組織の柔軟性を高める
働き方改革は、従業員の自立性と責任感を促し、組織全体の迅速な対応能力と柔軟性を高めます。これにより、市場の変動に強い組織の構築が可能になります。
製造業における働き方改革は、独自の課題を抱えています。以下にそれらを整理し、失敗する原因と解決策について考察します。
製造業が働き方改革を進める際に直面する課題には、以下のようなものがあります。
1. 文化や風土の変革の難しさ
製造業界に根付く、長時間労働や非効率な作業プロセスを変革するのは容易ではありません。特に企業文化や風土として定着している場合、改革は古参からの反発を招く可能性があります。
2. 労働法規の制約と業績プレッシャー
労働時間や雇用形態に関する法規制は、市場の変化に対応しようとする企業の障壁になる場合があります。また、短期的な生産目標や業績指標への圧力は、長期的な働き方改革の取り組みの妨げにもなりえます。
3. 多様な労働力の活躍の場を整備する難しさ
女性、高齢者、外国人労働者など、多様な人材を受け入れるための環境整備は、簡単な作業ではありません。これには組織としての徹底した検討と、強いコミットメントが必要となります。
4. 新たな技術の導入と従業員スキルとのミスマッチ
デジタルトランスフォーメーションは製造業に新しい働き方をもたらす可能性を秘めていますが、従業員のスキルセットが最新技術に追いついていない場合は、大きな課題となりえます。
5. 組織構造の変革に伴う苦しみ
組織構造の変更、たとえばフラットな組織への移行やチームベースの作業スタイルへの変更は、実施に時間と労力を要し、階層的な構造に慣れた従業員からの抵抗を引き起こす場合があります。
製造業での働き方改革が失敗に終わる要因と、それに対する対策を整理しました。
失敗する要因 | 内 容 | 対処のポイント |
---|---|---|
1. コミュニケーションの欠如 | コミュニケーション不足により、改革の意図 が伝わらず、従業員に不安と抵抗の空気が 広がった。 |
改革の目的とプロセスを全従業員に対して 明確に伝える |
2. トップダウンの改革推進 | 改革がトップからの指示で進められ、現場 の実情が反映されなかった。 |
従業員を改革計画に参加させ、現場の意見 を取り入れる。 |
3. リーダーシップの不在 | 改革を推進する強いリーダーシップが欠け、 方向性が不明確になった |
経営者が明確なビジョンと方向性を示し、 改革の先頭に立つ。 |
4. 教育と研修の不足 | 新しい技術や働き方への教育が不足し、従業 員が追いつけなくなった。 |
継続的なスキルアップとキャリア開発の 研修を提供する。 |
5. 一律の改革の適用 | すべての現場に同一の改革を適用し、現場の 独自性を無視した結果、部門ごとの効果に ばらつきが出た。 |
各現場に適した改革を計画し、従業員の 自発的な提案を促す。 |
6. 変化への抵抗 | 「フラット型組織」への急激な移行が、中間 管理職からの大きな反発を招いた。 |
変化の利点とサポート体制を強調し、従業 員の不安を軽減する。 |
7. 適切なリソースの不足 | 予算不足により、システムのアップグレード ができず計画が停滞した。 |
必要な予算を明確にし、確保後に計画を 実行する。 |
製造業における働き方改革では、各企業が自社の状況に応じた改革の実施が望まれます。
以下は、製造業の働き方改革を成功に導くための、段階的なステップです。
1. 自社の現状を把握する
改革の出発点は、自社の労働環境の客観的な理解にあります。就業規則の遵守や残業時間の実態を調べ、問題点を特定します。この過程では、厚生労働省が提供する「働き方・休み方改善指標」などのツールが役立ちます。
2. 課題解決のための施策を決定
現状分析に基づき、明らかになった問題への解決策を立案・決定します。問題の原因を深く掘り下げ、解決策を練り、実行に移すべき具体的な施策に落とし込むのです。
3. 改革プロセスの実践と評価
決定した施策を実行に移し、その成果を定期的に評価しましょう。働き方改革は継続的な取り組みですから、評価結果に基づきプロセスを見直し、必要に応じて調整します。この段階で、従業員からのフィードバックを積極的に取り入れることが肝心です。
以下に、製造業が取り組める働き方改革の具体的な項目を列挙します。
資料のデジタル化・ペーパーレス化
製造業では、図面や作業指示書といった書類が業務の要となります。これらのデジタル化やペーパーレス化は、作業効率を大幅に向上させ、改訂情報のリアルタイム共有が可能になります。この変化は作業ミスの削減と情報の迅速な更新を可能にし、全体の生産性の向上に寄与します。
AI(人工知能)の活用による生産性の向上
AI技術の導入は、生産プロセスの最適化や品質管理の自動化を通じて、労働環境の改善に大きく貢献します。たとえば、ビジョンシステム(撮影画像を分析し、品質検査や安全監視などを自動で行う技術)に組み込まれたAIは、高度な検査を自動化します。このほかにもAIは、計画的なメンテナンスを可能にする予測保全や、生産計画システムの最適化にも力を発揮します。
IoT(モノのインターネット)の活用による生産ラインの最適化
IoTデバイスの導入は、製造業の働き方改革のための重要なステップです。生産設備に組み込んだデバイスから収集されるデータは、生産プロセスの効率化に必要な情報を提供します。集約されたデータの分析により、生産管理者はより迅速かつ的確な意思決定ができ、全体の生産性の最適化に繋がります。
新たな教育手法の導入による技能伝承
製造業界における熟練技術の継承は、品質や競争力維持のために欠かせません。伝統的な徒弟制度を補完する形で、オンライン学習やVRトレーニングを取り入れる教育プログラムが効果を発揮します。これらの現代的な手法と指導者による個別指導の組み合わせは、より柔軟かつ効果的な技術の伝承を可能にします。
労働環境の改善
製造現場における特有のリスクに注目し、適切な労働条件を整備することで、早期退職の削減と従業員の長期的な健康維持を目指します。法的要件に準じた安全衛生管理の実施、定期的な健康診断やストレスチェック、そしてメンタルヘルスへのサポートは、企業が優先して検討すべき事項です。また、物理的な作業環境の改善と緊急事態への迅速な対応体制の確立は、従業員の安全保障と企業の競争力向上に重要な役割を果たします。
社内コミュニケーションの活性化
製造業では、現場とオフィス、経営層と従業員間での情報の乖離がしばしば見られますが、これはコミュニケーションの透明化により克服できます。情報共有ツールの導入、社内イベント、オープンオフィスの設計、定期的なフィードバックの機会の提供などは、効果的なコミュニケーションを促進する助けとなるでしょう。
ここからは、働き方改革の具体的な取り組み事例をみていきましょう。
株式会社リコーは、デジタルサービス企業への転換を目指し、2018年から全社員が参加する「社内デジタル革命」に取り組んでいます。
この取り組みにはRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション、繰り返し行われるビジネスプロセスを自動化する技術)やAIなどの先進技術が用いられていますが、その導入は急激に行われるのではなく、計画的かつ段階的に進められました。
RPAについては約4,000名の社員が独自のeラーニングで学び、約1,000の業務プロセスにこの技術を適用し、年間約25万時間の工数削減を実現しました。
リコーでは、2036年のビジョン「“はたらく”に歓びを」を社員一人ひとりが内面化し、それを顧客価値に変えることを働き方改革の目標として掲げ、最終的にはデジタルサービス企業への完全な転換を目指しています。
参考:リコーの全員参加型デジタル革命 RPAやAIツールを全社で展開 | ストーリーズ
株式会社ケイ・エス・ケイは、創業者の「企業は人なり」という哲学を踏襲し、社員の幸福と働きやすさに焦点を当てた働き方改革を進めています。
社員の健康と福利厚生に関する支援策は、年次有給休暇の確実な取得、健康診断、書籍購入助成、出産祝い金といった形で提供され、社員の満足度と共に生産性と業績の向上に貢献しています。
経営の透明性を高めるため、業績は全社員に開示され、会社全体の目標と方向性を明確に共有しています。社員のキャリア支援に加え、介護休業の取得を奨励するなど、柔軟な勤務体制も整備されています。
東和組立株式会社では、多様な従業員の能力を活かすダイバーシティ経営を中心に働き方改革を推進しています。
従来の、属性に基づく業務の固定化を解除し、ITとIoTを活用した業務の見直しにより、熟練工に依存していた検査工程をIT化し、外国人、シニア、障がいを持つ従業員も業務を担当できるようになりました。これらの取り組みにより、生産能力の20%向上や納期遵守率の改善など、明確な成果を達成しています。
また、改革を通じて取引先からの評価も上昇し、新たな受注機会を獲得しています。
東和組立の働き方改革は、多様な人材が協力し合い、個々の能力を最大限に発揮しながら企業全体の生産性向上を実現する新しい働き方の成功例です。
参考:経済産業省「令和2年度 新・ダイバーシティ経営企業100選 ベストプラクティス集」
この記事では、製造業における働き方改革の重要性と、その実現に向けた具体的なアプローチを詳細に解説しました。
製造業が直面する「人手不足」や「長時間労働」といった課題は、働き方改革を通じて克服される可能性を秘めているものです。労働時間の適正化や自動化推進による効率化など、制度と実務の両面からの改善が、働き方改革の成功には欠かせません。
この記事が読者の皆様にとって、自社の働き方改革を推進するためのインスピレーションとなり、持続可能な未来への一歩となることを願っています。
リスキリングナビでは、本記事の他にも働き方改革に関する様々な記事を掲載しておりますので、ぜひご一読ください。
製造業が取り組むべき社員研修とは?内容や実施ポイントを解説 | リスキリングナビ (reskilling-navi.com)
製造業のDXはなぜ進まない?スマート工場化に向け取り組むべきこと | リスキリングナビ
製造業DXとは?進まない理由や推進メリット、導入事例とサービスも紹介 | リスキリングナビ
クレドの5つの失敗例|導入成功のためのポイントと企業事例|リスキリングナビ
職場環境改善とは?具体的な取り組み方・アイデア・事例を紹介|リスキリングナビ
離職率が高い企業の特徴や原因は?離職率を下げるための改善方法|リスキリングナビ