エネルギー業界に必要なDXとは?取り組み方や企業事例を紹介

公開日:2024.05.21 更新日:2024.05.21

脱炭素化や小売事業の全面自由化など、ビジネス環境の変化が激しいエネルギー業界。各企業は持続可能な価値提供を実現する手段としてDXに取り組み始めています。

今回は、エネルギー業界におけるDXの必要性や効果、課題を解説し、DXの取り組み方や事例を紹介します。

エネルギー業界にDXが必要な理由

まず、エネルギー業界においてDXに取り組む必要性が高まっている背景を解説します。

カーボンニュートラルの取り組み強化

政府は地球温暖化などの気候変動問題に対応するため、2050年までに温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させる「カーボンニュートラル」を目指すと宣言しました。


カーボンニュートラルの実現には、社会全体のエネルギー使用量を削減する「省エネルギー(以下、省エネ)の推進」や、石油・天然ガスなどの化石燃料に依存したエネルギー供給から脱却して再生可能エネルギーの主力電源化を図る「エネルギートランスフォーメーション」が必要です。


そのためガスや電力などのサプライヤーであるエネルギー業界には、カーボンニュートラルに向けた社会の動きが加速するよう、デジタル技術やビッグデータなどを駆使した先進的な取り組みが求められています。

小売事業参入の全面自由化

電力分野では2000年から徐々に規制緩和が始まり、2016年からは小売事業への参入が全面自由化されました。規制緩和によって電力小売事業に参入する企業は急増し、現在資源エネルギー庁に登録されている事業者数は700を超えています(2023年12月25日時点)。ガス分野においても2017年から全面自由化がスタートし、ガスと電力のセット販売などエネルギー小売サービスは多様化が進んでいます。


一般消費者がエネルギー販売事業者を自由に選べるようになったことで、従来の大手電力会社・ガス会社はデジタル技術を活用した事業改革で多様化する顧客ニーズに対応していく必要が出てきました。

DXがエネルギー業界に与える効果

DX推進によりエネルギー業界の企業には「省エネサービスの拡充」「再生エネルギーの安定供給」「新しい成長事業の確立」「社内業務の効率化」などのメリットがあります。

省エネサービスの充実

カーボンニュートラルの実現に向けて各企業が省エネに取り組む中で、エネルギー業界のDXは省エネ関連サービスの充実につながります。


たとえば関西電力株式会社では、AIやIoTなどのデジタル技術を活用し、2021年から法人向けにデータ分析・省エネ施策立案などのコンサルティングサービスを提供しています。

参考:「産業EMS」から「K-DXソリューション」への名称変更および提供範囲の拡大〜デジタル技術とデータ分析でビジネスの効率化をサポート〜|関西電力株式会社

再生可能エネルギーの安定供給

エネルギー業界のDXが進むと、これまで難しいとされてきた再生エネルギーの安定供給が可能になると考えられています。


次世代の主力電源として期待されている太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーは、発電量が自然状況に左右されやすく不安定であるというデメリットがあります。


しかし中部電力株式会社では、電圧制御にAIを活用することで電圧調整機器の動作回数を低減させることに成功し、再生可能エネルギーの安定供給を実現に近づけました。

参考:サステナブル事例 Vol.3 増える再エネに対応 AIが電圧をコントロール|中部電力株式会社

新サービス・事業の確立

デジタル技術を活用したビジネス設計により、基盤事業を支える新サービスや将来的な成長事業の確立が期待できます。


たとえば石油・天然ガス開発事業を行うENEOSホールディングス株式会社はPreferred Networks社との協業で、AIやシミュレーションなどのデジタル技術を活用して新素材・触媒の開発を効率化する汎用原子レベルシミュレータ「Matlantis™︎」を開発しました。2021年からはSaaS事業を開始し「Matlantis™︎」の販売を行っています。

参考:DXの取り組み|ENEOSホールディングス株式会社

社内業務の効率化

DXは事業やサービスの充実につながるだけでなく、管理ツールの導入などを通して社内業務の効率化も促進します。


たとえば、企業データを収集・分析し、レポートとして見える化するBIツールを導入することで、営業・財務・人事などさまざまな部門の意思決定がスムーズに進みます。


社内業務が効率化されれば、イノベーション創出など重要な経営課題に充てられるリソースが増え、企業のさらなる競争力強化が期待できます。

エネルギー業界のDXにおける課題

エネルギー業界の企業がDXに取り組むうえで解決が必要となる3つの課題を解説します。

従業員の意識の底上げ

エネルギー関連企業が組織全体にDXを浸透させるためには、デジタルや業務改革に対する従業員の意識の底上げが欠かせません。特に、アナログ業務に慣れている層はデジタル化によって新しい業務方法に適応するという負担が生じるため、DXに対し抵抗感を覚える可能性もあります。


従業員の意識を改革するためには、経営層からトップメッセージを発信し続け、DXの先にある企業ビジョンを知ってもらう必要があります。また、現場の負担が少ない小さなDXで従業員にデジタル化のメリットや効果を実感してもらうことも大切です。 

デジタル人材の確保

エネルギー業界に限らずDXを本格的に進めるためには、変革の中心となってプロジェクトを進めるデジタル人材の確保が必要不可欠です。デジタル人材とは、主に以下の5タイプの人材を指します。


  • DXプロジェクトの目的を設定し、マネジメントする「ビジネスアーキテクト」
  • 顧客視点で製品・サービス設計を行う「デザイナー」
  • データの収集や解析のプロフェッショナルである「データサイエンティスト」
  • DXプロジェクトの目的に合わせたシステムやソフトウェアを設計する「ソフトウェアエンジニア」
  • デジタル環境における情報漏洩やサイバー攻撃の対策を担う「サイバーセキュリティ担当者」


デジタル人材を確保するためには、外部人材の採用に力を入れるだけでなく、自社の事業や業務を深く理解している従業員に学習・研修機会を提供しデジタル人材に育成する取り組みも重要になります。

セキュリティ対策の徹底

DXに伴ってデジタル環境を中心としたビジネス・業務に移行すると必然的にサイバーインシデントに遭うリスクも高まるため、徹底的なセキュリティ対策を実施する必要があります。セキュリティ対策が不十分であると自社だけでなく業務提携先も被害を受けかねません。


サイバーインシデントを防ぐためには、多層防御の実施やセキュリティ部門の強化、定期的な従業員教育など多角的な対策が必要です。また、インシデントが発生した場合でも被害を最小限に抑えるBCP体制の構築も重要です。

エネルギー業界のDXの取り組み方

エネルギー業界がDXに取り組むうえで必要となる3つの取り組みを解説します。

DXの先にあるビジョンを明確にする

DXを本格的に推進するためには、DXに取り組んだ先にある企業ビジョンを明確に定めることがまず大切です。DXは目的そのものではなく、社会変化が激しい時代において組織が持続的なビジネスを展開していく一手段に過ぎません。そのため「企業として今後どのような価値を社会に提供していくのか」「価値提供のためにデジタル技術をどう活用するのか」をはっきり示さなければ、ただデジタルツールを導入するだけの表面的なDXで終わってしまいます。

DX推進専門の組織をつくる

DXでは全社横断的な対応が求められる場面が多いため、DX推進を専門とする組織が必要になります。組織内のメンバーは、現場で起こりうるトラブルやあらかじめ想定して適切に対処するために、さまざまな部門・職種の人材が集まっていると理想的です。

デジタル人材の採用・育成を強化する

DX推進には、施策を実現できるスキル・知識を持つデジタル人材の採用と育成の強化が必要不可欠です。

採用を強化する点においては、人事評価や待遇の見直しを行う、リモートワーク導入で働きやすい環境を整えるなどの取り組みが考えられます。育成の面では、デジタルリテラシーに関連するオンライン学習ツールを導入する、意欲のある従業員が最新テクノロジーを学びあえる研修機会を設けるなどの取り組みが挙げられます。

エネルギー業界のDX事例3選

エネルギー業界で積極的にDXに取り組む3社の事例を紹介します。

ENEOSホールディングス株式会社

石油精製販売事業を主軸とするENEOSホールディングス株式会社は、2040年に向けた長期ビジョンとして「エネルギー・素材の安定供給」と「カーボンニュートラル社会の実現」を掲げており、DXを通して基盤事業の徹底的な最適化や成長事業の創出・収益拡大、エネルギートランジション実現の加速などの事業変革に取り組んでいます。


同社がDX推進の原動力として特に重視している施策は「デジタル人材育成」です。多数あるDXテーマの中でも早期対応が求められる経営課題にリソースを集中投下し、実践による人材育成促進を実現しています。 


また、デジタル人材の習熟度をレベル1〜レベル4に分けて従業員のスキルレベルを可視化し、個人の自律的な能力向上や適材適所の人員配置を目指しています。同社は2025年までにレベル2以上の高度デジタル人材の人数を、全従業員の20%にあたる1,500人にすることを目標としています。

参考:DXの取り組み|ENEOSホールディングス株式会社

コスモエネルギーホールディングス株式会社

石油関連事業を展開するコスモエネルギーホールディングス株式会社は、2030年までのグループビジョン「Vision2030」において「グリーン電力のサプライチェーン強化」「次世代エネルギー拡大」「石油事業の競争力強化・低炭素化」の3つを取り組みの柱に掲げており、DXを通して迅速なオペレーションの高度化やCX(カスタマーエクスペリエンス)の向上を目指しています。


同社はDX推進においてデータ活用基盤の整備や多様性のある組織構築に取り組むほか、個々の従業員の士気を高めて自分ごと化する意識改革「Cosmo's 5C」も推進しています。

参考:Vision2030|コスモエネルギーホールディングス株式会社

参考:コスモのDX|コスモエネルギーホールディングス株式会社

東京ガスグループ

LNG(液化天然ガス)を利用したエネルギー製造・販売事業を主軸とする東京ガスグループは2030年までの経営ビジョン「Compass2030」を掲げており、DXを通して「LNGバリューチェーンの改革」と「GX(グリーントランスフォーメーション)」に取り組んでいます。


LNGバリューチェーンの改革では、たとえばLNGの調達において業務システムやデータ活用基盤を整備し、エネルギー需給の見える化やオペレーションの高度化を推進しています。LNG基地における製造においても、ドローンによる高所設備点検やヘルメット装着型ディスプレイなどの導入で現場作業の効率化につなげています。


GXでは、2023年度に専門組織「グリーントランスフォーメーションカンパニー」を発足し、e-methane(非化石エネルギー源を原料とする合成メタン)や洋上風力開発の社会実装に取り組んでいます。

参考:エネルギーの安定供給や脱炭素化に向けてデジタルを活用♦︎「DX注目企業2023」に選定|東京ガスグループ

参考:デジタルトランスフォーメーション(DX)|東京ガスグループ

参考:グリーントランスフォーメーションカンパニー|東京ガスグループ

まとめ

カーボンニュートラルや小売事業の全面自由化などエネルギー業界を取り巻くビジネス環境は激しく変化しており、DXによる組織改革・事業改革が喫緊の課題となっています。デジタル技術の活用により既存事業の強化や新しい経営基盤の確立が期待できますが、DX推進においてはデジタル人材の確保やセキュリティ対策の徹底などが必要になります。


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