現代のビジネス環境では、デジタルトランスフォーメーション(DX)への積極的な取り組みが不可欠です。
急速なデジタル化、消費者行動の変化、そしてリモートワークの普及など、企業を取り巻く環境変化はDXを求めているのです。
この記事ではまず、DXの基本的な内容を整理し、そのうえでIT業界に焦点を当てて、DXが業界に与える影響について詳しく解説します。
さらに、DXを推進し競争優位を確立した企業の事例として、ソフトバンクとAdobeのケースを取り上げます。
DXについてさらに詳しく知りたい方や、DXがIT業界に与えるインパクトに関心をお持ちの方に読んでいただきたい内容です。自社のDX推進における取り組みのヒントとしていただければ幸いです。
目次
「デジタルトランスフォーメーション(DX)」およびその略語「DX」について、これらが何を意味しているのかを明確に理解していない方が少なくありません。
ここでは、DXに関連する基本的な知識を整理し、その概念を明確にします。
デジタルトランスフォーメーションとは、「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」を指します。
「デジタルトランスフォーメーション」の略称が「DX」である点に、違和感を抱く方も少なくありません。
Digitalの「D」は頭文字ですからわかりやすいですよね。しかし、次の「X」は頭文字ではないから厄介です。
このXは頭文字ではありません。変化や交差を象徴的に示す文字として「Trans-」という接頭辞を持つ「変化」や「変換」を意味する単語の置き換えとしてよく用いられます。
そうした理由で「DX」が、デジタルトランスフォーメーションを表す「短縮した表現」として広まっていきました。
デジタルトランスフォーメーションの始まりは、クロード・シャノンが1948年に発表した数学論文「A Mathematical Theory of Communication」に遡ります。
この論文は情報理論の基礎を築き、デジタルコミュニケーションの枠組みを示しました。
1950年代後半には、マイクロチップと半導体トランジスタが発明され、アナログコンピューティングからデジタルコンピューティングへの変革が可能となりました。
その後、コンピューターの処理能力は約2年ごとに倍増。コンピューター、インターネット、携帯電話などの技術進歩を牽引したのです。
この指数関数的な成長は、3Dプリンティング、ロボット化、バーチャルリアリティ、人工知能などの新しい技術的発明を生み出しています。
今日、「デジタルトランスフォーメーション」という言葉は、ビジネスプロセス、企業文化、ビジネスモデル、顧客体験をデジタル技術の活用により変革するプロセスとして理解されています。
ここでは、DX、IT化、およびデジタル化の理解を通じて、DXの本質を深く把握しましょう。
まず、経済産業省のDXの定義を振り返ってみてください。定義においてDXは「組織やプロセス、企業文化・風土を変革する」と記述されています。
DXは、「業務を変えるにとどまらない、広範な変革を意味するもの」であることを念頭に置いて読み進めてください。
「IT(情報技術)」は、コンピューターやソフトウェア、インターネットなどの技術を用いて情報を処理・管理する技術や業界を指します。
そして「IT化」は、これらの技術を活用して業務やサービスを効率化し、改善することです。
IT化が特定のプロセスに焦点を当てるのに対して、DXはデジタル技術の活用によって事業構造や社会、企業全体を根本的に変革するものです。その意味で、IT化はDXの一部だと言えるでしょう。
IT化は、既存プロセスの生産性向上に焦点を当てており、その成果は比較的明確に理解されやすいものです。一方で、DXはプロセス自体を変化させ、より抜本的な変化をもたらす一方、成果がみえにくい面もあります。
デジタル化とDXとの関係も、理解すべきポイントです。
「デジタル化」とは 、アナログまたは物理的な情報を、デジタル形式に変換することです。たとえば、紙の請求書をデジタルの請求書に変換するような、アナログからデジタルへの直接的な移行を指します。
一方、DXは単に技術導入にとどまらず、ビジネス運営や顧客への価値提供における根本的な変革を目指します。これは長期的な戦略であり、企業文化そのものの変化を含むプロセスです。
ここで重要なのは、すべての関係者がデータとテクノロジーをビジネスの中心的な要素として捉える必要がある点です。
すなわち、デジタル化とデジタルの重要性への理解がDXの大前提となります。
日本では、多くの経営者がDXの必要性を認識しつつも、まだ具体的な取り組み方を模索している状況にあり、ビジネス変革へと繋がっている例は多くはありません。
DXの理解と実践のギャップが日本の企業における現在の課題と言えるでしょう。
経済産業省のDXレポートでは、DX推進の主要な障害として挙げられているのが「レガシーシステム」の存在です。
レガシーシステムとは、技術的な老朽化、システムの複雑化、そしてブラックボックス化などの問題を抱えるシステムを指します。
これら古いシステムの維持は、運用やメンテナンスコストの増大など、経営コスト増の原因となりえます。また、製品の製造中止やサポート終了、システムに精通した社員の退職により、現行機能の維持が困難になる点も懸念される要因です。
加えて、企業間の合併や買収によるシステムの統合により、複雑さが増大するリスクをもたらす可能性も考えられます。
参考: 経済産業省『DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開~』
経済産業省は、複雑で老朽化した既存のシステムが組織にとっての障害となっている状況を、「既存ITシステムの崖(通称「2025年の崖」)」と呼んでいます。
レポートによると、これらの古いシステムが存続する場合、2025年までに生じる経済的損失は最大で年間12兆円(現在の約3倍)に達する可能性があるとされています。
この問題は、顧客企業だけでなくIT企業(ベンダー)にも影響を及ぼし、成長分野への投資や注力が困難になるリスクをもたらす可能性が懸念されています。
参考: 経済産業省『DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開~』
DXの推進には、デジタル化やソフトウェアが欠かせません。
これらを主たる業務とするIT業界は、DXによって多方面で影響を受けます。
デジタル経済への移行に伴い、デジタル犯罪の発生も増加の一途を辿っています。
オンラインやモバイル取引の増加により、多くの攻撃機会が生まれ、データ侵害のリスクが高まっているのです。
2022年に発表された調査では、デジタル技術やデータの利活用がこれまで同様に成長すると仮定した場合、サイバー攻撃による被害額は、2025年までに年間約10兆5,000億ドルに達する(2015年比で300%増加)と予想されています。
この脅威に対処するため、企業はセキュリティ対策に大規模な投資を行っていますが、現行の対策では不十分との見方が大勢を占めています。
セキュリティソリューション市場は、まだ市場の要求を十分に満たしておらず、巨大な可能性を秘めています。そのためIT業界には、この分野でのさらなるイノベーションが求められています。
AIの進歩により、IT業界の開発サイクルの速度と効率が大幅に向上しています。
コード生成やテストプロセスの自動化は、開発時間の短縮化や効率化に大きく貢献するものです。
たとえば単純作業の自動化、データ分析によるパターンとソリューションの特定、NLP(自然言語処理)による感情分析、機械学習を通じた意味のある情報の抽出など、AIは開発業務に多くのメリットをもたらします。
DXが進展するにつれて、IT業界ではビジネスモデルの変革が加速するでしょう。
現在までに登場したビジネスモデル(サブスクリプションモデルやプラットフォームビジネス、カスタマイズとパーソナライゼーション、データ駆動型ビジネス)も、さらに進化を続けると予想されています。
これらのモデルによって、個々の顧客に合わせたサービス提供が可能になりました。今後は、AIや機械学習の進歩にあわせて、顧客行動のより精密な予測や、さらに個人化されたサービスの提供が実現可能になることが期待されます。
DXの進展は、新技術やサービスの開発を促進し、企業の市場への新規参入を促すでしょう。
クラウドサービスやAI技術などの新しい分野で活動を始めるスタートアップ企業が登場したように、今後も新分野における新規プレイヤーの登場が予想されます。
これにより、既存企業も革新を迫られ、業界全体のイノベーションが加速するでしょう。
製品やサービスの質の向上、コスト削減、顧客体験の改善を推進し、消費者のニーズの変化に迅速に対応する必要性も増加します。これに伴い、企業が継続的に自身をアップデートする必要も高まります。
ビッグデータの分析を通じて顧客のニーズや行動パターンを把握し、さらにパーソナライズされたサービス提供が可能になるでしょう。
IT製品やサービスの複雑化により、カスタマーサポートにはさらに専門的な技術知識が必要とされます。また、IT製品のセキュリティやデータプライバシーに関する顧客の問い合わせや懸念に対応するために、これらの専門知識も必要です。
加えて、顧客の特定のニーズに合わせてカスタマイズされたITソリューションの需要への対応も必要となります。
急速に成長し、技術が絶えず変化する市場において、適切なスキルを持つ人材の獲得は深刻な問題です。
顧客企業でも、独自にDX人材を獲得しようとする姿勢がみられるため、IT業界の人材獲得はさらに難しくなると予想されます。
加えて、「デジタル化」「IT化」を超えた、ビジネスプロセスの変革を推進できる「DX人材」を獲得するために、「IT以外の専門家の採用」が必要になることも見込まれます。
ここでは、既にデジタルトランスフォーメーションに取り組んでいる企業の事例をご紹介します。
ソフトバンク株式会社は、情報・通信業において「デジタルトランスフォーメーション銘柄2023」に選定された唯一の企業です。
同社の「デジタルワーカー4000プロジェクト」は、2019年4月から2022年3月にかけて実施され、AIやRPAの活用により大幅な業務効率化を達成しました。結果として約241億円のコスト削減にも繋がっています。
電子押印の導入やRPAの活用など3,000以上の施策が実施され、各部門の業務効率化に貢献しました。
これらの取り組みは、同社が掲げる「従来の通信事業者の枠を超えて、新分野や技術の活用に注力する」という「Beyond Carrier戦略」の原動力となっています。
また、プロジェクトから得た経験とノウハウを活かし、法人や自治体のDX支援にも取り組んでいます。
参考: ソフトバンク株式会社 2022年8月10日 プレスリリース
1982年設立の米ソフトウェア会社Adobeは、Photoshop、Adobe Acrobat Reader、Illustratorなどの製品で知られています。
2008年の経営危機を受け、パッケージソフトからサブスクリプション型のビジネスモデルへの大胆な転換を行いました。同社は提供サービスを、インターネットを通じて提供される3つのオンラインサービスに再定義し、SaaS(Software as a Service)を主体とするクラウド企業へと転換したのです。
eコマースプラットフォームやウェブ分析会社の買収、従業員満足度向上への投資、データ主導の運営モデル導入など、さまざまな要素を組み合わせてDXを推進しました。
ビジネスモデルの転換当初はユーザーからの批判も多く、2011年から2014年にかけては減収も経験しました。しかし同社は、強い意志と忍耐でサブスクリプションモデルを定着させ、2008年に35億ドルだった売上高を、2020年には128億ドルまで増加させたのです。
これは、エンドユーザーへの価値に焦点を当てたDXの成功事例であると同時に、事業を再生させたターンアラウンドの成功事例であるといえます。
参考: 19 Examples of Digital Transformation Companies - Yenlo
この記事では、DXがIT業界に与える影響に焦点を当て、詳しく解説しました。記事をお読みいただくことで、DXの定義や日本におけるDX推進の現状について、大枠をつかんでいただけたのではないでしょうか。
IT業界は日本のDX推進の原動力です。自社のビジネスプロセス変革だけでなく、顧客企業の課題解決を支援する役割にも大きな期待が寄せられています。
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