人材不足や自動化への対応の遅れなどさまざまな課題を抱えている製造業。課題解決のためには企業の一番の資本である人材の育成が必要不可欠です。今回は、製造業が取り組むべき人材育成研修の内容や実施するうえでのポイントを紹介します。
目次
製造業は現在、人手不足や生産コストの高騰、業務自動化の遅れ、技術継承などの課題を抱えています。
経済産業省によると製造業では約11万人の人手不足が発生しており、三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社が2023年に発表した調査結果でも、56.3%の製造事業者が事業に影響を及ぼす社会情勢の変化として「人手不足」を挙げています。
三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社「令和4年度製造基盤技術実態等調査 我が国ものづくり産業の課題と対応の方向性に関する調査 報告書」より加工して作成
人手不足の原因の一つとして考えられているのは、34歳以下の若年就業者の減少です。2002年の製造業の若年就業者数は384万人でしたが、2022年の若年就業者は255万人と20年間で約130万人減少しました。
出典:経済産業省「2023年版ものづくり白書(令和4年度 ものづくり基盤技術の振興施策) 概要」
企業が人手不足になると従業員1人あたりの負担が増えるため、長時間労働につながったり休暇を取りづらくなったりと労働環境が悪化します。その結果、さらに退職者が出てしまい、人手不足が深刻化するという悪循環に陥ってしまいます。
製造業が抱える課題として、原材料やエネルギー価格の上昇による生産コストの高騰も挙げられます。先ほど「人手不足」の項目で掲出した図表「グローバル経済・社会状況のうち、事業に影響があると考えられるもの」においても、原材料価格(資源価格)が87.9%で1位、エネルギー価格の高騰が78.4%で2位となっており、その影響の大きさがわかります。
生産コストの高騰は営業利益の減少に直結しており、三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社の調査でも、営業利益が減少した要因として「売上原価(仕入値)の上昇」を挙げた事業者が76.5%に上っています。
三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社「令和4年度製造基盤技術実態等調査 我が国ものづくり産業の課題と対応の方向性に関する調査 報告書」を加工して作成
エネルギー価格の高騰はロシアのウクライナ侵略や液化天然ガス関連設備のトラブル、ガス田や油田など化石エネルギーの上流部門への投資額減少など世界的な動向が関係していて、一企業がコントロールできる範囲を超えています。そのため製造業では、各企業がエネルギー価格以外のコスト削減や製品価格への転嫁などの対応を迫られている状況です。
DX・業務自動化の遅れも、現在の製造業における重要な課題の一つです。人手不足を解消する手立ての一つとしてDXや自動化の推進は非常に有効であると考えられていますが、IMD(国際経営開発研究所)が実施したデジタル競争力ランキング(2022年)で日本は過去最低の29位で、日本社会のデジタル化は世界的に見て遅れています。
順位 | 国名 | 順位 | 国名 |
---|---|---|---|
1 | デンマーク | 16 | 英国 |
2 | 米国 | 17 | 中国 |
3 | スウェーデン | 18 | オーストリア |
4 | シンガポール | 19 | ドイツ |
5 | スイス | 20 | エストニア |
6 | オランダ | 21 | アイスランド |
7 | フィンランド | 22 | フランス |
8 | 韓国 | 23 | ベルギー |
9 | 香港 | 24 | アイルランド |
10 | カナダ | 25 | リトアニア |
11 | 台湾 | 26 | カタール |
12 | ノルウェー | 27 | ニュージーランド |
13 | アラブ首長国連邦(UAE) | 28 | スペイン |
14 | オーストラリア | 29 | 日本 |
15 | イスラエル | 30 | ルクセンブルク |
製造業でも、デジタルツールを導入せずベテラン従業員の手作業に依存していたり、紙図面やFAXの利用などアナログ手法から脱却できていなかったりとDX・業務自動化が進んでいない現状があります。
人手不足の中で業務自動化を進めなければ、従業員一人ひとりの業務負担が軽減されず、納期遅れや離職率上昇などにつながってしまいます。また、アナログの手法は従業員の知識や能力に企業が依存してしまうため、属人的な組織体制を改善できない原因にもなります。
出典:IMD「World Digital Competitiveness Ranking 2022」
製造業が今直面する課題として、企業の重要な資本である技術を、ベテランから若手に継承できていない点も挙げられます。技術継承が進んでいない背景には「そもそも若手技術者の数が減っている」「人手不足によって一人当たりの業務量が増えていて指導・教育に充てる時間が確保できない」「経験による勘で身に付ける技術が多く、業務をマニュアル化しづらい」などさまざまな要因があります。
若手への技術継承がうまく進まないと企業独自の技術やノウハウが失われてしまい、品質低下や競争力低下によって企業の存続自体が危ぶまれてしまいます。
これらの課題を解決するためには、労働環境・教育体制の整備や業務効率化、DX推進などさまざまな施策を実施する必要があります。また、社員研修などを通して企業の一番の資本である人材を育成することも、課題解決の一つの手段です。
そこで以下では、上記のような課題を抱える製造業の企業が取り組むべき社員研修の例を「新入社員向け」「中堅社員向け」「リーダー・管理職向け」の階層別に紹介します。
新入社員に対して製造業の企業が実施すべき研修を主に2つ紹介します。
社会人経験がない新入社員に対しては、PDCA、報連相、コミュニケーションの5W2Hなど社会人に求められる基礎的なスキルを身に付けられる研修を実施しましょう。研修を通して仕事の進め方や組織の在り方を学んでもらうことで、職場でのトラブルを最小限に抑えられます。
製造現場に配属される新入社員に対しては、時間管理の重要性やQCD(品質・コスト・納期)、5S(整理・整頓・清掃・清潔・しつけ)の考え方、安全管理のポイントなど、工場勤務の基本ルールを学べる研修を実施しましょう。製造現場に配属する前に研修を行うことで、工場の生産性維持や労働災害の防止につながります。
数年以上のキャリアを積んでいる中堅社員に対して、製造業の企業が実施すべき研修を主に2つ紹介します。
中堅社員は会社の業務に慣れた結果、自分の役割に対して疑問を感じたり仕事のモチベーションが下がったりするケースがあるため、研修を通して働く意義を改めて確認できる機会をつくると、組織の人材定着やエンゲージメント向上につながりやすくなります。
自分の業務や自社の事業と社会の関わりを再確認する研修や、キャリアに関するモヤモヤした考えをグループワークを通して言語化する研修などが例として挙げられます。
中堅社員は出産・育児・介護といったライフイベントと仕事の両立などキャリアに対する悩みを抱えやすいため、具体的なキャリアデザインを考える機会を企業側から提供すれば、従業員のモチベーション向上や離職防止につながりやすくなります。
たとえば、お金の観点から人生設計を考える研修や、会社内のベテラン社員に体験談を聞いてキャリアイメージを掴むワークショップなどが考えられます。
チームをまとめるリーダーや課・部門を統括する管理職に対して、製造業の企業が実施すべき研修を主に3つ紹介します。
製造現場の管理をはじめて任された従業員に対しては、原材料の調達から販売、消費といった製造プロセスや、世界的な市場の変化など、ものづくりの潮流を再確認できる研修を実施しましょう。管理者はコスト削減、部下育成などの役目があり、一人のメンバーとして働いていた時よりも俯瞰的な視点を持ってもらう必要があるためです。
また、製造業や自社の現状を理解したうえで具体的な業務や職場環境の改善につなげてもらうためには、研修の中で課題や目的、目標を設定する機会も必要でしょう。
リーダーや管理職に研修を通して部下のエンゲージメントを向上させる方法を学んでもらうことで、企業の離職防止や生産性向上につながりやすくなります。
従業員のエンゲージメントを高めるには、風通しの良い職場環境や良好な人間関係、自己成長できる環境などが必要であるため、研修ではこれらの環境を整える方法をリーダーや管理職に考えてもらう流れになります。
ハラスメント防止に関する法律が施行されるなどハラスメント行為に対する問題意識が高まっている今の時代、リーダーや管理職がハラスメント防止に努めることは安定した企業運営に欠かせない要素です。
ハラスメント防止研修では、どのような言動がハラスメントと認識されやすいのか、ハラスメント行為を避けるためにリーダーや管理職が意識すべきポイントなどを学べます。
従業員が研修で身に付けた知識やスキルを業務に還元して企業の経営にプラスの効果をもたらすためには、社員研修を実施するうえで守るべき3つのポイントがあります。
社員研修を実施するうえで重要なポイント1つ目は、企業の経営戦略や人材育成計画に基づいた研修内容にすることです。社員研修でありがちな失敗の一つに、研修自体が目的化してしまって講義やプログラムの内容が実際の業務で役に立たないケースがあります。実務に結びつかない研修は教育コストの無駄になり、研修に取り組んだ従業員もスキルアップした実感を持ちにくいでしょう。
企業経営や業務改善につながる有意義な研修を行うためには、経営戦略や人材育成計画を軸に、今後どのような人材が必要になるのか、必要な人材を育てるためにはどのような教育をするべきなのかを経営層や人事部で十分整理してから研修内容を組むことが大切です。
社員研修を実施するうえで重要なポイント2つ目は、研修内容に自社の業務に沿ったケーススタディを入れることです。ケーススタディがあれば、従業員が日頃の業務や職場を思い浮かべながら研修を受けられるため、内容を理解しやすくなります。しかし、事例の内容が自社の業務や職場環境とかけ離れていると、具体的な場面がイメージできず、ケーススタディで学んだ内容を普段の仕事にどう生かせばいいかわからない従業員が出てくるでしょう。
製造業と一口にいっても電気機器メーカー、食品メーカー、素材メーカーなど取り扱う製品は大きく異なります。たとえば素材メーカーの研修で食品メーカーの消費期限切れの発生事例を取り上げても共通点を見いだしにくいと考えられるため、業務内容にあわせて素材・化学系のケーススタディに変更すると良いでしょう。
他社の社員研修プログラムを利用する場合は、自社の業務・職場環境に合わせたケーススタディを作成してもらえるか企業側に相談しましょう。
社員研修を実施するうえで重要なポイント3つ目は、従業員に研修を受ける明確な目的を持ってもらうことです。どんなに優れた研修プログラムを用意しても、学ぶ側の意欲が低ければ研修の効果は十分に発揮されません。従業員のモチベーションを高めるためには、従業員に「何のために学ぶのか」という目的意識を持ってもらう必要があります。
研修を実施する前に「担当できる業務が増えてスキルアップにつながる」「よくあるトラブルの対処法が分かる」「昇進・昇格に必要」など研修を受けるメリットや必要性を伝えると、研修に対する従業員のモチベーションが上がりやすくなるでしょう。
製造業向けの研修サービスを展開している企業を10社ピックアップし、それぞれの研修の内容や特徴をまとめました。
企業向けの人材育成支援事業を展開する株式会社アイ・ラーニングは、製造業に携わる方におすすめの研修を経営企画・研究開発・DX推進・製造・営業など職種別に紹介しています。たとえば、研究開発部門にはデザイン思考や批判的思考などが学べる研修、製造部門にはプロジェクトマネジメントやヒューマンエラー防止に関する研修があります。
株式会社アイ・ラーニングの研修は、公開講座をオンラインや教室などで受講できるほか、カリキュラムのカスタマイズ・オーダーメイドも可能です。
参考:株式会社アイ・ラーニング|製造業に関わる方々へのおすすめ研修
製造業向けのコンサルティング事業を行う株式会社アステックコンサルティングでは、「知識を実践力に転換する!」をスローガンに、研修で身に付けた知識を具体的な改善行動につなげることに重点を置いた企業内研修サービスを提供しています。
研修では、コンサルタントによる講義・技能教育や製造現場での演習・改善行動、チーム別の目標設定・改善活動の推進などが行われます。参加人数は30名以内(改善チームとして5チーム以内)で、研修回数・期間は各社の課題に合わせてカスタマイズできます。
参考:株式会社アステックコンサルティング|アステック企業内研修
企業向けの教育サービスを展開するアルー株式会社は、新入社員・管理職などの階層別研修のほか、DX・デジタル活用人材研修、グローバル人材育成研修などを提供しています。問題解決力やリーダーシップなどテーマ別の研修もあり、幅広いプログラムから自社の課題に合った研修をオーダーメイドできます。
集合研修とeラーニングを組み合わせたハイブリッド型研修を採用していて、研修の実施場所や方法についても職場環境に合わせた選択が可能です。
社会人教育・コンサルティング事業を行う株式会社インソースは、製造業・メーカー向け研修サービスとして30以上のプログラム・講座を展開しています。たとえば、人材定着・組織力強化に関連するプログラムでは管理職向けのハラスメント防止研修や従業員エンゲージメント向上研修、新入社員向けの基礎研修、女性向けのキャリアデザイン研修などがあります。
人材定着・組織力強化のプログラム以外にも、営業職・品質管理職など職種に特化した研修やSDGs導入・コンプライアンス強化・開発効率化といった特定の企業課題に合わせた研修なども用意されています。
参考:株式会社インソース|製造業/メーカー向け研修・サービス
企業向けの人材育成サービスを展開する株式会社セゾンパーソナルプラスは、製造業向けに品質維持とコスト低減を両立する「価値分析」の研修プログラムを提供しています。価値分析の理論を理解したうえで演習に取り組み、価値分析の進め方を体系的に学ぶ研修です。
カリキュラムには、価値分析以外にも仕事におけるコミュニケーション・報連相の重要性や顧客ニーズの捉え方、プレゼンテーションの進め方なども含まれており、従業員が一つの研修で業務改善・顧客満足度向上につながる学びを得られる仕組みになっています。
全国展開のパソコン・プログラミング教室「WinSchool」を運営するピーシーアシスト株式会社は、製造業のDX人材育成を推進する研修プランを複数用意しています。具体的には、ハードウェアエンジニアから組み込みエンジニアやIoTエンジニアを育成するプラン、自動車業界の組み込みエンジニアやITSSに準拠した組み込みエンジニアのスキル診断を行うプランがあります。
WinSchoolは全国約50ヶ所に教室があるため、社員の勤務地がバラバラでも教室で個人レッスンを実施できる点が特徴です。集合研修やオンライン研修も可能で、技術系のコンテンツを揃えたeラーニングサービスも利用できます。
参考:WinSchool|製造業DX人材育成を推進する研修プラン
法人向けの人材育成コンサルティング事業を行う株式会社富士通ラーニングメディアは、製造業向けに生産管理や開発・設計、保守などの業務別のeラーニング研修を約20コース提供しています。たとえば生産管理コースでは、生販在(PSI)計画や資材所要量計画、製番管理、在庫管理などサプライチェーンに関する必須の知識をまとめて学べます。
英語版が用意されているコースもあり、日本語での学習が難しい海外人材も日本人従業員と同じ研修を受けることができます。
人材開発・教育支援事業やデザイン支援事業を展開するミテモ株式会社は、製造業向けに若手の離職率低下やチームワーク向上、ダイバーシティ推進に関連する研修ラインナップを用意しています。
若手の離職率低下に関する研修は、新人・若手社員向けにレジリエンスや意欲を高めるプログラムや、若手同士で強みや弱みをフィードバックし合うワークショップがあります。チームワーク向上に関する研修では、ワークショップを通じて部門間連携やコミュニケーションの活性化、協働による生産性向上について学べます。ダイバーシティ推進に関する研修では、管理職向けの育児関連研修や、SDGs・女性のキャリアデザインについて考えるワークショップがあります。
製造業向けのコンサルティング事業を展開するワクコンサルティング株式会社は、製造業の仕事の全体像を理解する「業務プロセス系研修」、生産改善の考え方や取り組み方を学ぶ「工場管理者育成研修」、ファシリテーション力や交渉力など顧客とのコミュニケーションで必要なスキルを身に付ける「ビジネススキル研修」、IoTやAIなど最新技術を用いた業務改善や新規事業創出を学ぶ「DX関連研修」などを提供しています。
各研修の講師はワクコンサルティングのコンサルタントが担当するため、実務経験に基づく実践的な研修が可能です。研修の実施方法は、集合研修やオンライン研修のほかに講師を企業に派遣するオンサイト研修もあります。また、業務プロセス系研修についてはeラーニングにも対応しています。
参考:ワクコンサルティング株式会社|製造業を中心とした業務知識及び業務改革研修サービス
製造業では人手不足や生産コストの高騰、業務自動化の遅れ、技術継承など課題が山積みです。課題解決の一つのツールとして社員研修があり、階層別や業務内容別、テーマ別にさまざまな研修サービスが展開されています。社員研修を実施するときは、経営戦略や人材育成計画に則った研修内容にし、なるべく自社の業務に合ったケーススタディを入れましょう。また、研修の効果を最大限に出すためには、従業員に研修に対して目的意識を持ってもらうことが大切です。
リスキリングナビでは、本記事の他にも製造業に関連するコラムを掲載しています。ぜひ、あわせてご覧ください。
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