自動車業界において、DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進は避けては通れない課題の1つとなっています。社会的な役割が大きい自動車に関するDXを進めるためには、どのような背景やメリットがあるのか、理解することが大切です。今回は自動車業界の課題や自動車DXが必要な背景、推進するメリット、自動車DXに利用可能なサービスを紹介します。
目次
自動車DXとは、自動車業界にAIやIoTなどのデジタル技術を導入して、業務やビジネスなどを変革することを指します。
自動車DXを考える場合、自動車が持つ役割について考えなければなりません。自動車には以下のような役割があります。
・移動、物流の「手段」としての役割
・運転、移動、家族での団らんなどの「楽しみを共有するデバイス」としての役割
・自動車に関連するさまざまな「産業」としての役割 など
自動車に関連する役割が多いということは、DXにおいてもさまざまな切り口があるということです。幅広い領域で変革が行われる可能性があるのが自動車DXであるといえます。
自動車に関するキーワードで、自動車業界のトレンドとなっているのが「CASE」です。CASEとはドイツ・ダイムラー社のSEOが同社の中長期的な展望において提唱した言葉で、以下の言葉の頭文字をとった造語です。
・Connected:IoT技術による車とユーザーがネットワークでつながる仕組みの構築
・Autonomous:自動運転
・Shared & Service:シェアリングサービス
・Electric:電気自動車
CASEによって自動車というハードは大きく変化し、モビリティサービス(自動車による移動や運搬などをスムーズに行うためのサービス、カーシェアリングやライドシェアなど)がさらに重要視されると見込まれています。
100年に1度の変革期を迎えている自動車業界にとって、CASEはDXの推進が必要不可欠である大きな理由です。単なる移動手段ではなく、社会的な意義が大きい自動車産業に対して、スケールの大きいDX施策が求められています。
自動車業界は以下の課題を抱えており、自動車DXに対して真剣に取り組む必要があります。
・消費者の購買行動の変化
・自動車の生産台数・販売台数の減少
・業界内の人手不足
自動車業界が抱える課題の1つに、ユーザーの購買行動が変化した点が挙げられます。
ユーザーが自動車を購入する場合、かつては自動車販売店を訪問してリサーチをすることが一般的でした。
しかし、近年ではユーザーがインターネットで車に関する情報を集められるようになったため、リサーチ目的ではなく、購入の意思決定のために自動車販売店に訪問するケースが増加しています。そのため、自動車を販売する事業者には、ユーザーの購買行動を把握したうえでの対応が求められています。
販売台数や売上の減少を防ぐためには、世間の流れやトレンドに合わせて事業者側が柔軟に変化する必要があるでしょう。
一般社団法人日本自動車工業会が発表したデータによれば、2021年の四輪車生産台数は784万7000台(前年比2.7%減)で、2018年以来3年連続で減少している状況にあります。
四輪車の中でもトラックやバスは前年比で増加しているものの、普通車や軽自動車などの乗用車は前年比で4.9%も生産台数が減少しているのが現状です。
出典:一般社団法人日本自動車工業会「統計・資料 | 四輪車」
新型コロナウイルス感染症の影響による世界的なロックダウンや物流の停滞、自動車生産に必要な半導体の不足が、生産台数減少の理由と考えられています。
また、都市圏に住む若い世代は、整備された公共機関で移動するケースが多くなっています。車検費用やガレージ費用、ガソリン代などによる経済的な負担が大きいことから、自動車の所有に消極的です。
自動車の生産台数や販売台数の減少を解決するために、自動車への付加価値の提供や自動車ビジネスの変革が必要になっている点からも、自動車業界ではDXの推進が欠かせないといえます。
自動車業界は慢性的な人手不足に陥っています。日本国内の人口減少という問題に加えて、少子高齢化による経済人口の減少などが主な理由です。
また、若者の車への関心が薄れていることや、職業選択がしやすくなったことも、自動車業界の人手不足の要因といわれています。
たとえば、自動車整備士を志望する若者の減少が顕著で、自動車整備学科のある専修学校への入学者数は2003年から2016年にかけて半減しています。
また、一般社団法人日本自動車整備振興会連合会が発表するデータを見ると、自動車整備業における整備要員(工員)や整備士の数は2012年から2022年の10年間、ほぼ横ばいの微減となっていることが分かります。
年度 | 整備要員(工員)数 | うち整備士数 |
---|---|---|
2012年度(平成24年度) | 401,099人 | 346,051人 |
2013年度(平成25年度) | 400,336人 | 343,210人 |
2014年度(平成26年度) | 401,085人 | 342,486人 |
2015年度(平成27年度) | 401,001人 | 339,999人 |
2016年度(平成28年度) | 400,713人 | 334,655人 |
2017年度(平成29年度) | 399,717人 | 336,360人 |
2018年度(平成30年度) | 399,374人 | 338,438人 |
2019年度(令和元年度) | 399,135人 | 336,897人 |
2020年度(令和2年度) | 399,218人 | 339,593人 |
2021年度(令和3年度) | 398,952人 | 334,319人 |
2022年度(令和4年度) | 399,619人 | 331,681人 |
引用:一 般 社団法人 日本自動車整備振興会連合会「平成29年度 自動車分解整備業実態調査結果の概要について」
引用:一 般 社団法人 日本自動車整備振興会連合会「令和4年度 自動車分解整備業実態調査結果の概要について」
自動車業界が人材を確保するためには、若者から選んでもらえる業界になることが急務といえるでしょう。
自動車業界でDXを推進するメリットは次の通りです。
・業務効率化によるコスト削減・生産性の向上
・働き方の改革につながる
・顧客対応が改善できる
・変化するビジネスに対応しやすい
自動車DXの推進によって業務効率化とコスト削減効果を期待できます。
また、効率化によって余った時間を他の業務に充てたり、新規顧客獲得のための営業活動に充てたりできるため、企業全体の生産性向上につながる可能性があります。
業務の効率化によって、従業員の業務負担を軽減できるのも、自動車DXを推進するメリットです。
コミュニケーションツールを利用すれば遠隔での意思疎通が可能になる他、事業に応じた業務システムの導入により関連業務の効率化も期待できます。本来の重要業務に集中できる職場環境を構築できるため、従業員の満足度アップにもつながるでしょう。
自動車DXの推進は顧客対応の改善にもつながります。
CRM(顧客情報の一元管理システム)やチャットボット(自動会話プログラム)を導入すれば、顧客の要望に迅速に対応可能です。また、顧客の価値観に沿った商品やサービスを提案できるため、顧客満足度の向上も期待できます。
ビジネスのさまざまな変化に対応しやすくなるのも、自動車DXを進めるメリットです。
顧客情報をもとにニーズやマーケティング効果を測定するMAシステムを利用すれば、新しい商品やサービスの開発のヒントを得られる可能性があります。
クラウドシステムを導入した場合は、ペーパーレス化の実現や働く場所を選ばない業務体制を構築できることに加え、BCP対策(緊急時の事業継続方法・手段)も可能になります。情報やシステムが属人化することなく、共有しやすくなるため、新しいアイデアも生まれやすくなるでしょう。
トヨタ自動車、旭鉄工、本田技研工業の自動車DXの事例を紹介します。
トヨタ自動車では、製造現場や消費者からのデータを技術開発にタイムリーに生かせないという課題を抱えていました。そこで、工場と現場などをつなぐ共有プラットフォームを構築して活用したところ、取組件数の増加につながり、費用対効果の向上を達成しました。
工場のIoT化が成功したことから、サプライチェーンやエンジニアリングチェーンにもIoTを展開。開発・市場・工場をDXによって連携しながら、情報共有の基盤構築を進めています。
自動車部品などを製作する旭鉄工では、工場のIoT化やデジタルツールの導入によって、製造ライン1時間当たりの生産能力の飛躍的な向上、生産体制の増強に成功しています。
他にも、従業員の残業や休日出勤日数を含む労働時間の大幅な削減に成功し、年間の労務費削減も達成しました。
本田技研工業が2021年3月に発売した四輪車「レジェンド」には、独自の運転操作サポート「Honda SENSING Elite」が搭載されており、ハンズオフ機能や渋滞運転機能、アクセル・ブレーキ・ハンドルの自動制御が可能となっています。
「世界初の公道を走るレベル3の自動運転車」といわれており、今後もCASEのA(Autonomous:自動運転)の達成を目指しています。
自動車DXに活用可能なサービスのうち、車検業務のデジタル化サービスと、データプラットフォームサービスを紹介します。
「スーパー検査員」は、自動車ディーラーや指定工場の車検に特化したクラウドシステムです。
車検点検業務をデジタル化できるのが特徴で、サービス業務の効率化が可能です。また、車検業務に関連するさまざまな商品データを豊富に搭載しており、文字入力の時間を大幅に削減できるなど、車検に関連する業務をスムーズに進められるシステムとなっています。
AOS IDXは、クラウド上でさまざまなデータの保存・共有ができるデータプラットフォームで、自動車製造を含めた幅広い産業分野で活用できるよう設計されています。
自動車設計・製造などの分野で必要とされるデータの収集や管理、解析の基盤システムとして利用でき、製品のイノベーションを加速させたり、サービスの向上に役立てたりできます。
今回は自動車業界の課題や自動車DXが必要な背景、自動車DXを推進するメリットについて解説しました。
自動車業界は大きな変革期を迎えています。自動車DXの導入は業務の効率化だけではなく、今後大きく変化する自動車の世界で生き残るための重要な手段といえるでしょう。さまざまな切り口で実現できる自動車DXを考えてみてはいかがでしょうか。
今回は自動車業界に特化してお伝えしましたが、以下のコラムで製造業のDXについても解説しています。気になる方は、ぜひご覧ください。