AI(人工知能)の導入が企業にとって「当たり前の選択肢」になりつつある一方で、「入れてみたが思ったほど成果が出ない」「一部の部署だけで止まり、全社に広がらない」といった悩みは少なくありません。
こうした壁を整理するのに役立つのが、AI活用を段階的に捉える成熟度という考え方です。AI活用を段階モデルとして整理する枠組みは、実際に複数存在します。 今回の記事では、主要な成熟度モデル(Gartner/IDC/IPA など)を参考にしながら、実務で使いやすいよう4つのステージに整理して解説します。 ※「4段階」は公式モデルではなく、複数モデルの要点を噛み砕いてまとめたものです。
目次
AI成熟度モデルとは、企業のAI活用状況を「いまどの段階にいるのか」という観点で整理するための“ものさし”です。代表的なモデルとして、海外ではGartnerとIDCのフレームワークがよく引用されます。
Gartnerのモデルは、AI活用を5段階で捉えます。ポイントは、初期段階では検討や実験が中心で、段階が上がるにつれて業務の中にAIが組み込まれていくという考え方です。特に「運用可能(Operational)」以降は、PoCにとどまらず、実業務で使われ始める段階だと説明されることが多いです。
IDCもAI活用を5段階で整理しています。こちらは、属人的・場当たりな取り組み(Ad Hoc)から始まり、標準化や定量管理を経て、最終的には継続的に改善される状態(Optimized)を目指すという構造です。
IDC Japanの調査(従業員500人以上のユーザー企業など条件つき)では、2021年の公表結果として、ステージ2(限定的導入)が34.0%、ステージ3(標準化)が38.0%と、途中段階に分布が集中しています。一方で、最上位のステージ5(Optimized)は1.7%にとどまると報じられています。
つまり、AI活用は「一部で使い始めた」状態までは進むものの、全社で継続的に改善し続ける段階まで到達する企業はまだ少ない、という示唆が得られます。
日本で企業のデジタル活用度を把握する際によく使われるのが、経済産業省とIPA(情報処理推進機構)が策定した「DX推進指標」です。AIに限らず、データ活用や組織体制なども含めて、DXの進み具合を自己診断できる枠組みで、重要な観点を35項目に整理しています。
IPAの「DX推進指標 自己診断結果 分析レポート(2024年版)」では、提出された1,349件の自己診断結果を分析し、成熟度が低いレベル帯(レベル0〜レベル2未満)に企業が集中していること、またレベル4以上に到達している企業は少数であることが示されています。
※なお、DX推進指標はAIだけを測る指標ではありません。そのため「AI活用が部分最適にとどまりやすい」という結論は、AI単体の統計として断定するのではなく、DX(デジタル活用)全体の傾向からの示唆として扱うのが適切です。
ここからは、上記のモデル群を踏まえつつ、実務で扱いやすいように「現場任せ」「部分最適」「全社展開」「戦略的活用」の4段階に整理して解説します。
特徴
会社としてのAI方針や予算がはっきりせず、現場担当者が個人の工夫でツールを試している段階です。成果が個人に閉じやすく、情報システム部門や経営層の関与が薄いと、セキュリティや属人化が課題になりがちです。
よくあるケース
特徴
特定の部門・業務では成果が見え始める一方で、全社戦略やデータ連携が弱く、部署ごとの最適化(サイロ化)に止まりやすい段階です。IDCの成熟度調査でも、ステージ2〜3に企業が多い傾向が示されています。
よくあるケース
特徴
経営が方針を示し、共通のプラットフォームやデータ基盤を整えたうえで、AI活用が全社に広がる段階です。運用ルールやガバナンスが整い、うまくいった取り組みが他部門にも展開されます。
よくあるケース
特徴
AIが事業戦略の中核に入り、ビジネスモデル変革や新しい価値づくりを後押しする段階です。ここで大切なのは「AIが判断する」ではなく、AIが市場分析・予測・比較などを更新し続け、人の意思決定を支える形にすることです。
よくあるケース
AI人材不足は多くの企業で課題になります。全社員をエンジニアにするのではなく、ノーコード/ローコードの活用や、現場で業務改善を進められる「シチズンデベロッパー」を育てて裾野を広げるのが現実的です。
第2段階から第3段階へ進む局面で効いてくるのがデータ基盤です。データレイクやDWHの整備、セキュアな共有環境、データ形式の統一が整わないと、横展開が進みにくくなります。
「現場の提案を承認するだけ」では、部分最適に止まりがちです。AIを経営戦略の一部として明文化し、予算と権限をトップダウンで付与することが、全社展開や戦略的活用の前提になります。
DX推進指標の自己診断結果をIPAに提出すると、ベンチマークレポートを取得でき、他社・他業界と比べて自社の位置づけを把握できます。
日立とGen-AXが共同開発し、GitHubで無償公開した「MA-ATRIX」は、7つの評価軸と7段階の成熟度レベルで生成AI活用を診断し、ロードマップ策定や投資判断に活用できる旨が説明されています。
「AI戦略は文書化されているか」「KPIは定められているか」「人材育成は進んでいるか」などの観点でチェックリストを作り、定期的に棚卸しする方法も有効です。
AI活用の成熟は、ツールを入れただけでは進みません。現場の“点”の取り組みを、組織全体の“線”へ、さらに戦略に基づく“面”へと広げていくことが重要です。
特に中堅・中小企業は、意思決定の速さと柔軟性を強みに、全社展開・戦略的活用へ移行できる余地があります。まずは成熟度モデルを使って自社の現在地を確かめ、次に踏み出すステップをはっきりさせること。その一歩が、AIによる変革の出発点になります。