AI活用の成熟度を4段階で可視化する─現場任せから戦略的オペレーションへ

公開日:2025.12.19 更新日:2025.12.19

AI(人工知能)の導入が企業にとって「当たり前の選択肢」になりつつある一方で、「入れてみたが思ったほど成果が出ない」「一部の部署だけで止まり、全社に広がらない」といった悩みは少なくありません。

こうした壁を整理するのに役立つのが、AI活用を段階的に捉える成熟度という考え方です。AI活用を段階モデルとして整理する枠組みは、実際に複数存在します。 今回の記事では、主要な成熟度モデル(Gartner/IDC/IPA など)を参考にしながら、実務で使いやすいよう4つのステージに整理して解説します。 ※「4段階」は公式モデルではなく、複数モデルの要点を噛み砕いてまとめたものです。

国内外の指標から見る「AI成熟度モデル」とは

AI成熟度モデルとは、企業のAI活用状況を「いまどの段階にいるのか」という観点で整理するための“ものさし”です。代表的なモデルとして、海外ではGartnerとIDCのフレームワークがよく引用されます。

Gartner:まずは「試す」から「業務に組み込む」へ

Gartnerのモデルは、AI活用を5段階で捉えます。ポイントは、初期段階では検討や実験が中心で、段階が上がるにつれて業務の中にAIが組み込まれていくという考え方です。特に「運用可能(Operational)」以降は、PoCにとどまらず、実業務で使われ始める段階だと説明されることが多いです。

IDC:AI活用が「場当たり」から「継続的な改善」へ進む

IDCもAI活用を5段階で整理しています。こちらは、属人的・場当たりな取り組み(Ad Hoc)から始まり、標準化や定量管理を経て、最終的には継続的に改善される状態(Optimized)を目指すという構造です。

日本企業は「途中段階」に集中しやすい

IDC Japanの調査(従業員500人以上のユーザー企業など条件つき)では、2021年の公表結果として、ステージ2(限定的導入)が34.0%、ステージ3(標準化)が38.0%と、途中段階に分布が集中しています。一方で、最上位のステージ5(Optimized)は1.7%にとどまると報じられています。

つまり、AI活用は「一部で使い始めた」状態までは進むものの、全社で継続的に改善し続ける段階まで到達する企業はまだ少ない、という示唆が得られます。

日本の現状を示すDX推進指標(経産省・IPA)

日本で企業のデジタル活用度を把握する際によく使われるのが、経済産業省とIPA(情報処理推進機構)が策定した「DX推進指標」です。AIに限らず、データ活用や組織体制なども含めて、DXの進み具合を自己診断できる枠組みで、重要な観点を35項目に整理しています。

IPAの「DX推進指標 自己診断結果 分析レポート(2024年版)」では、提出された1,349件の自己診断結果を分析し、成熟度が低いレベル帯(レベル0〜レベル2未満)に企業が集中していること、またレベル4以上に到達している企業は少数であることが示されています。

※なお、DX推進指標はAIだけを測る指標ではありません。そのため「AI活用が部分最適にとどまりやすい」という結論は、AI単体の統計として断定するのではなく、DX(デジタル活用)全体の傾向からの示唆として扱うのが適切です。

【4段階別】AI活用成熟度の特徴とイメージ

ここからは、上記のモデル群を踏まえつつ、実務で扱いやすいように「現場任せ」「部分最適」「全社展開」「戦略的活用」の4段階に整理して解説します。

第1段階:現場任せ(属人的な初期段階)


特徴

会社としてのAI方針や予算がはっきりせず、現場担当者が個人の工夫でツールを試している段階です。成果が個人に閉じやすく、情報システム部門や経営層の関与が薄いと、セキュリティや属人化が課題になりがちです。

よくあるケース

  • 特定の社員が生成AIでメールの下書きを作っているが、使い方のルールが決まっていない。
  • 製造現場が画像認識ツールを独自に試しているが、管理部門が把握していない。
  • ノウハウが個人に偏り、「その人が辞めたら止まる」状態になっている。

第2段階:部分最適(限定的導入の段階)


特徴

特定の部門・業務では成果が見え始める一方で、全社戦略やデータ連携が弱く、部署ごとの最適化(サイロ化)に止まりやすい段階です。IDCの成熟度調査でも、ステージ2〜3に企業が多い傾向が示されています。

よくあるケース

  • コールセンターでのみチャットボットを導入し、他部門には展開していない。
  • マーケ部門のAI分析が営業データとつながっていない。
  • PoCで成果が出ても、その先の本番導入や横展開まで進まない。

第3段階:全社展開(統合的活用の段階)


特徴

経営が方針を示し、共通のプラットフォームやデータ基盤を整えたうえで、AI活用が全社に広がる段階です。運用ルールやガバナンスが整い、うまくいった取り組みが他部門にも展開されます。

よくあるケース

  • 社内向けにセキュアな生成AI環境を整備し、日報や議事録作成に使っている。
  • 製造・販売・物流のデータを統合し、需要予測に活用している。
  • 職種別のAI研修を全社で行い、現場から改善提案が出てくる。

第4段階:戦略的活用(事業変革の段階)


特徴

AIが事業戦略の中核に入り、ビジネスモデル変革や新しい価値づくりを後押しする段階です。ここで大切なのは「AIが判断する」ではなく、AIが市場分析・予測・比較などを更新し続け、人の意思決定を支える形にすることです。

よくあるケース

  • 予兆保全AIを軸に、モノ売りからサービス提供(コト売り)型へ転換している。
  • 顧客ごとに最適化した金融サービスをリアルタイムで提供している。
  • 市場分析や競合比較をAIが継続的に更新し、経営判断を支えている。

次の段階へ進むための課題と推進要因

1. 人材の壁とリテラシーの底上げ

AI人材不足は多くの企業で課題になります。全社員をエンジニアにするのではなく、ノーコード/ローコードの活用や、現場で業務改善を進められる「シチズンデベロッパー」を育てて裾野を広げるのが現実的です。

2. データ基盤とガバナンスの整備

第2段階から第3段階へ進む局面で効いてくるのがデータ基盤です。データレイクやDWHの整備、セキュアな共有環境、データ形式の統一が整わないと、横展開が進みにくくなります。

3. 経営層のコミットメント

「現場の提案を承認するだけ」では、部分最適に止まりがちです。AIを経営戦略の一部として明文化し、予算と権限をトップダウンで付与することが、全社展開や戦略的活用の前提になります。

自社の現在地を知る:自己診断の方法

IPA「DX推進指標」

DX推進指標の自己診断結果をIPAに提出すると、ベンチマークレポートを取得でき、他社・他業界と比べて自社の位置づけを把握できます。

生成AI対応の成熟度診断ツール(MA-ATRIX など)

日立とGen-AXが共同開発し、GitHubで無償公開した「MA-ATRIX」は、7つの評価軸と7段階の成熟度レベルで生成AI活用を診断し、ロードマップ策定や投資判断に活用できる旨が説明されています。

社内スコアカードの活用

「AI戦略は文書化されているか」「KPIは定められているか」「人材育成は進んでいるか」などの観点でチェックリストを作り、定期的に棚卸しする方法も有効です。

おわりに

AI活用の成熟は、ツールを入れただけでは進みません。現場の“点”の取り組みを、組織全体の“線”へ、さらに戦略に基づく“面”へと広げていくことが重要です。

特に中堅・中小企業は、意思決定の速さと柔軟性を強みに、全社展開・戦略的活用へ移行できる余地があります。まずは成熟度モデルを使って自社の現在地を確かめ、次に踏み出すステップをはっきりさせること。その一歩が、AIによる変革の出発点になります。

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