昨今よく耳にする「DX(デジタルトランスフォーメーション)」はすべての業界に必要とされる取り組みであり、建設業界もその例外ではありません。DXの推進が遅れていた建設業界ですが、いよいよ本格的なDXの波が押し寄せてきています。今回は建設業界の課題や建設DXが進まない理由、推進するメリットと建設DXで活用される技術や使用例、建設DXに活用できるサービスについてご紹介します。
目次
建設DXとは、建設業界においてAIをはじめとするデジタル技術を取り入れ、従来の業務の進め方やビジネスそのものに変革をもたらすことです。
建設業界は人材不足と働き方改革という課題を抱えています。また、DXにも率先して取り組む必要があります。
建設業界が抱える大きな課題に人材不足と働き方改革があります。ここでは、国土交通省の中央建設業審議会(2023年4月18日開催)の配布資料1「最近の建設業をめぐる状況について【報告】」をもとに、建設業における課題を見ていくことにしましょう。
建設業界が抱える課題の一つが人材不足です。建設業界では高齢化が進行しており、2022年の時点で建設業界の就業者は35.9%が55歳以上、一方29歳以下は11.7%となっています。全産業では55歳以上の就業者の割合が31.5%、29歳以下は16.4%と、高齢化は全産業に見られる傾向ではあるものの、建設業界では特に高齢化が進行しています。
出典:「最近の建設業を巡る状況について【報告】」(国土交通省)
年齢階層別の建設技能者(現場で作業に従事する労働者)の数を見ると、60歳以上の技能者は77.6万人と全体の約4分の1(25.7%)を占めており、20代以下は35.3万人と約1割(11.7%)に過ぎません。60歳以上の技能者の大半が10年後に引退すると考えれば、若手技能者の確保・育成が望まれるところです。
出典:「最近の建設業を巡る状況について【報告】」(国土交通省)
長時間労働も大きな課題の一つです。建設業界の年間出勤日数は以前は250~260日でしたが、近年は240~250日と減少傾向にあります。それでも、建設業界は他の産業と比較すると出勤日数が多い傾向にあります。建設業界の年間実労働時間はこれまでより短くなっていますが、全産業と比較して90時間長く(2022年時点)、労働時間の減少があまり進んでいないことが分かります。
出典:「最近の建設業を巡る状況について【報告】」(国土交通省)
週休2日が一般的な働き方であるのに対し、建設業界は4週6休程度が44.1%と最も多く、4週8休以上は8.6%にとどまっています。また、公共工事の受注が大半を占める場合は4週8休以上が18.1%であるのに対し、民間工事主体の場合は5.0%と、工事が公共か民間かによっても休みの取りやすさは異なるようです。
出典:「最近の建設業を巡る状況について【報告】」(国土交通省)
時間外労働規制の見直しについても取り組んでいく必要があります。労働基準法の改正により、時間外労働の上限が規制され、違反した場合は使用者に6か月以下の懲役または30万円以下の罰金が科されます。大手企業は2019年4月、中小企業は2020年4月から適用されていますが、建設業界でも2024年4月より適用されます。36協定を結び、協定で定めた時間まで時間外労働が可能ですが、原則として月45時間・年360時間を時間外労働の上限とし、臨時的な特別の事情がなければこれを超えることはできません。
臨時的な特別の事情がある場合でも、際限なく労働者を働かせることはできません。以下の条件を守る必要があります。ただし、災害の復旧・復興事業は、2.および3.は適用されません。
建設DXが進まない理由は以下の2つが挙げられます。
建設業界では、DX推進に欠かせないDX人材が不足しています。建設業界に関わらず、多くの業界でDX人材の需要は高まっており、DX人材の採用は困難になっています。DX人材を社内で育成する方法も1つですが、育成には時間やコストがかかり、容易ではありません。
DXを実現させるためには、自社単体でDXに取り組むのではなく、取引先の協力会社にもDXに取り組んでもらうことが必要です。たとえば、自社で図面のペーパーレス化を進めようとしても、取引先がペーパーレスに対応できなければ、紙の図面のやり取りが発生してしまいます。
これまでの無駄が多い方法を建設DXによる効率的な方法に転換できます。たとえば、紙を使った作業をペーパーレス化し、関係者同士でクラウドで共有できるようにするだけでも、事務作業の負担を大幅に減らせます。
建設DXによる業務効率化の結果として、長時間労働をなくし、働きやすい職場づくりに貢献します。建設業界でも時間外労働規制の見直しがスタートしようとする中で、労働時間の一層の短縮が求められています。建設DXはそのための有効な手段と言えるでしょう。
建設業や製造業では、一人で複数の作業を行える人材を「多能工(マルチクラフター)」と呼びます。多能工とは反対に、特定の作業のみ行える人材が「単能工」です。多能工の育成よりも単能工の育成の方が容易であるため、企業は単能工の育成に努めてきましたが、最近は多能工の育成に力を入れ始めています。
建設DXによって、一人の従業員が複数の作業を行える、すなわち多能工化が可能になります。作業ごとに担当者が割り当てられ、担当者以外はその作業を遂行できないという場合、担当者が欠勤したときにプロジェクトの進捗に影響が及ぶ可能性があります。建設DXが進むと、担当者以外でも作業を遂行できるため、プロジェクト遅延のリスクを減らせます。
建設DXで活用される技術として、3Dプリンティングと人間拡張技術の2つを取り上げます。
3Dプリンターとは、3DCADの3次元データを薄くスライスして2次元データに変換し、1枚ずつプリントして積み重ね、立体物を造形する装置です。3Dプリンターを用いて立体物を造形すること、およびその技術を3Dプリンティングと呼びます。製造業などでは開発段階で機能やデザインの確認のために、3Dプリンターで試作品を作る試みは広く行われていますが、建設業界でも3Dプリンティングが用いられるようになっています。
構造物の設計を関係者で議論する際、2次元の図面ではなく3Dプリンターで作成した模型を見て議論することで、齟齬をなくすことができます。2次元の図面から3次元の構造物をイメージする場合、人によってイメージしている構造物が異なるというケースが発生します。しかし、構造物の模型であれば実物をイメージしやすく、意思疎通もスムーズです。
通常はコンクリートを型枠に流し込んでコンクリート構造物を作成しますが、高齢化に伴って型枠職人の数が減少しています。これに代わる方法として建設用3Dプリンティングが注目を浴びています。
建設用3Dプリンターの国内最多の施工実績を持つ「株式会社Polyuse(ポリウス)」の例をご紹介します。Polyuseは、ソフトウェア・ハードウェア・マテリアルまで一貫した自社開発体制を擁する、日本で唯一の建設用3Dプリンターの開発メーカーです。
令和4年度国土交通省「インフラDX大賞」において優秀賞を受賞。官民によるスタートアップ支援プログラム「J-Startup」に選定され、7.1億円の資金調達に成功していることなどから、Polyuseに寄せられる期待の高さがわかります。2022年2月には群馬県渋川市にて、3Dプリンターを用いて、建築確認申請の許諾を取得した建築物の施工に国内で初めて成功しました。
Polyuseの3Dプリンターは、ノズルから流動性のある材料を押し出して積層する「材料押出方式(MEX: Material Extrusion)」を採用し、材料には独自開発したプレミックスモルタル「POLYMO-HP」に、ポリプロピレン繊維を混入したものを使用しています。同社によると、建設用3Dプリンターの導入によって、先に挙げた型枠職人の減少を克服できる他、工期短縮(従来比70%減)、省力化(同47%減)、作業属人化の低減(約3日間の研修で一連の作業が可能)といった効果も上げています。
仮想現実「VR(Virtual Reality)」という言葉をご存じの方は多いでしょう。コンピューターによって作り出された、あたかもそこにいるかのような環境をVRと呼びます。人間拡張(Human Augmentation)技術とは、VRをはじめとする人間の知覚や身体能力を技術的に拡張する技術のことです。
パワーアシストスーツ(PAS: Power Assist Suit)は、パワードスーツ、アシストスーツとも呼ばれ、重量物の持ち上げや中腰作業での姿勢保持をアシストします。種類は、バッテリーを搭載した「アクティブタイプ」と、ゴム、バネ、空気圧を素材や動力とする、バッテリー非搭載の「パッシブタイプ」の2つがあります。
アクティブタイプはセンサーやモーターによって動作を制御します。電気を動力とするアクティブタイプはアシスト力が強い反面、パッシブタイプよりも高価ですが、バッテリー駆動のため、稼働時間が限られます。一方、パッシブタイプはアクティブタイプほどのアシスト力は出せませんが、バッテリー駆動ではないため稼働時間に制限はなく安価です。
XR(Extended Reality/ Cross Reality)は、実世界の映像に、コンピューターによって作られた仮想的な映像や情報を融合して、新たな体験を創造する技術の総称です。XRはVR、AR(Augmented Reality)、MR(Mixed Reality)、SR(Substitutional Reality)を含みます。
建設工事では、最初に位置出し(図面に記載されている内容を現場に再現する)を行います。XR技術を用いて現実空間の映像等に3D設計データを重ね、可視化することによって位置出しを省略し、時間短縮を図るといった方法が考えられます。ただ、XR技術を用いた映像を見るために必要なMRグラスは、現時点ではまだ現場で求められる位置精度を満たさない、高価である、グラスを装着していない人と情報共有できないといった課題もあり、今後のさらなる技術の発展が期待されるところです。
安藤ハザマ、鹿島、あおみ建設による建設DXの事例をご紹介します。
建設機械を定点カメラで撮影し、AIが映像を分析して稼働状況をグラフ等のレポートに出力し、ムダ・ムラを発見、改善に役立てます。建設機械が映っている数千枚の画像データにタグ付けし、あらかじめAIに学習させておきます。AIは現場の映像から建設機械を自動的に検出し、稼働状況を出力します。
参考:建機検出AI|安藤ハザマ
建設業界ではドローンによる生産性向上への期待が高まっています。鹿島は日本で初めてドローンに3Dレーザースキャナを搭載して計測を実施、高密度・高精度のデータが得られました。ドローンによるレーザ測量では、ドローンによる写真測量に欠かせない基準点の設置は不要です。樹木があってもレーザが地表面まで届くため伐採前でも計測可能、また短時間での測量を実現します。
参考:ドローンによるレーザ測量 日本初の実用化|鹿島建設株式会社
新型コロナウイルス流行に伴う移動制限を受けて、あおみ建設は現場をパトロールする人数を減らすため、スマホと会議アプリを活用した遠隔臨場を行いました。国土交通省は、「動画撮影用のカメラ(ウェアラブルカメラ等)によって取得した映像及び音声を利用し、遠隔地から Web 会議システム等を介して『段階確認』、『材料確認』と『立会』を行うこと」を遠隔臨場と定義しています。同社は、遠隔臨場の導入により、大人数が現場まで移動する際の移動時間および交通費の削減に成功しました。
参考:建設DX事例集(一般社団法人日本建設業連合会 インフラ再生委員会)
360度カメラ「RICHO THETA(リコー シータ)」で撮影した360度画像をクラウドにアップロード・図面と紐づけし、関係者と現場の状況を共有できるクラウドサービスです。オフィス機器メーカーのリコーが運用するクラウドサービスのため安心感があります。リコーは不動産向けの360度クラウドサービス「THETA360.biz」「RICOH360 Tours」を既にリリースしていますが、RICOH360 Projectsは建設現場を対象としたサービスです。
360度画像を撮影するので周囲の状況も把握でき、重要な箇所の撮影漏れも起こりません。また、画像への指摘事項などの書き込みも可能です。画像撮影時間や整理時間の短縮、現場への訪問回数の削減によって働き方改革を進めることができます。
RICOH360 Projects は30日間すべての機能を試せるフリートライアル(メンバー数100名まで)を利用可能です。毎月の利用料金は、メンバー数1名までが5,000円、5名までが15,000円、10名までが25,000円となっています。いずれも登録画像枚数の上限がない点が魅力的です(フリートライアルは250枚が上限)。
ConMas i-Reporterは導入社数3,000社以上、国内シェアNo.1(富士キメラ総研2022年8月3日発行 業種別IT投資/デジタルソリューション2022年版)の現場帳票電子化システムです。今までの手書きの紙帳票をiPad・iPhone・Windowsタブレット端末への入力に置き換えることができます。i-Reporterは使い慣れた帳票をそのまま移行し、直感的に操作ができるため、ユーザーへの教育の手間を省けます。
紙帳票の場合、記入者ごとの記入方法のばらつきや記入ミスが起こりがちですが、入力フォーマットを定めておくことでそのような問題を解決し、スピーディーな入力を実現します。帳票のひな型はWebの管理画面上でExcel・PDF・画像データを取り込んで作成できます。書式の変更等をコーディングなしで画面操作(GUI)により行うことが可能です。帳票データはデータベースで一元管理され、必要な帳票を素早く見つけられます。
料金は、クラウドプランが37,500円~/月+初期設定費50,000円、自社サーバープランはサブスクリプション版が37,500円~/月、パッケージ版が初期費用900,000円+保守費用135,000円(いずれのプランも5ユーザー~)となっています。
参考:【i-Reporter】シェアNo.1の現場帳票電子化システム(シムトップス)
屋外や公共空間などで電子的な表示機器で情報発信をするメディアを「デジタルサイネージ」と呼びます。フィールドボードは建設現場向けのデジタルサイネージです。毎日の朝礼時には「ミラーリングモード」でiPadのドキュメントの内容をディスプレイに表示させたり、現場作業時には「サイネージモード」で工事の進捗や搬出入、安全情報などを表示させたりできます。
デジタルサイネージの導入により、リアルタイムな情報を大画面で伝えられるため現場の士気が高まる、図面の印刷や掲示物の設置の手間が省ける、図面・写真・動画を画面に表示して情報を正確にわかりやすく伝えられる、などの効果が期待できます。これまでのアナログな掲示板による情報伝達に代わる手段として取り入れてみてはいかがでしょうか。
参考:Field Board | 建設現場の朝礼をICT化(セイビ堂)
今回は建設DXに伴う課題や進まない理由、推進するメリットおよび活用できるサービスなどについてご紹介しました。さまざまな課題を抱える建設業界ですが、建設DXの推進によって業務の効率化や労働時間の削減が達成され、多くの若者にとって魅力ある業界になる日も近いのではないでしょうか。普段の業務で無駄はないか、デジタルツールの導入などによって効率化を図れないか、ぜひ考えてみてください。
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