製造業は絶えず進化を続ける分野です。この進化に対応するためには、従業員の知識とスキルを向上させることが欠かせません。
本記事では、製造業における人材育成の必要性や製造業の人材育成を成功させるためのポイントについて解説します。
「人材こそが企業の力」という現代の製造業の現状を踏まえ、学びの重要性を共有する内容となっています。経営者、人事担当者、そして製造現場を支える管理職や熟練技術者など、幅広い方々に参考にしていただければ幸いです。
目次
ここでは、2001年より政府が取りまとめている『ものづくり白書』を参考に、製造業が直面する現状と人材育成における課題に焦点を当てて見ていきたいと思います。
日本の全産業の就業者数は、2021年以降増加傾向にありますが、製造業では新型コロナウイルスの感染拡大に伴う減少後も回復が見られません。2021年は1045万人、2022年は1044万人とほぼ横ばいで推移しています。
全産業における製造業の就業者割合は、2002年の19.0%から年々低下し、2022年は15.5%まで下がっています。
出典:経済産業省『ものづくり白書2023』(第 2 章 就業動向と人材確保・育成 第1節 ものづくり人材の雇用と就業動向)
また、全産業で言えることですが、若年層の就業者(34歳以下)が減少する一方で、高齢者の就業者数(65歳以上)は増加しています。製造業では、2002年から2022年にかけて若年就業者の割合が7%減少したのに対し、高齢就業者は3.9%上昇しています。
出典:経済産業省『ものづくり白書2023』(第 2 章 就業動向と人材確保・育成 第1節 ものづくり人材の雇用と就業動向)
製造業における女性就業者数の割合は、全産業と比較すると伸び悩んでいます。全産業では女性就業者の割合は緩やかに上昇し、2022年には45.0%となりましたが、製造業では横ばいを続け、29.9%に過ぎない結果となっています。
出典:経済産業省『ものづくり白書2023』(第 2 章 就業動向と人材確保・育成 第1節 ものづくり人材の雇用と就業動向)
製造業では2008年の調査以降、正社員に対するOJT実施率は約60%と、全産業と比較してやや高い水準で推移しており、製造業においては計画的な教育と技能の伝承が重視されていることを物語っています。
しかし一方で、正社員以外へのOJT実施率は20%台と低く、非正規雇用者への教育・研修投資が相対的に少ないことが伺えます。
出典:経済産業省『ものづくり白書2023』(第 2 章 就業動向と人材確保・育成 第1節 ものづくり人材の雇用と就業動向)
製造業における能力開発や人材育成に関して問題があるとされた事業所の割合は、近年一貫して70%を超えています。
2021年度調査では84.8%に達しており、2008年度の調査以降で最も高い割合を示しました。全産業との比較においても高い水準です。
出典:経済産業省『ものづくり白書2023』(第 2 章 就業動向と人材確保・育成 第1節 ものづくり人材の雇用と就業動向)
具体的な問題点としては、「指導する人材が不足している」が62.4%と最も高く、ついで「人材育成を行う時間がない」、「人材を育成しても辞めてしまう」、「鍛えがいのある人材が集まらない」となっています。
「指導する人材が不足している」と「鍛えがいのある人材が集まらない」という問題は、全産業と比較しても高い割合を示しています。
出典:経済産業省『ものづくり白書2023』(第 2 章 就業動向と人材確保・育成 第1節 ものづくり人材の雇用と就業動向)
「人材育成はコストではなく、将来のために必要不可欠な投資」とは、しばしば耳にする言葉です。
ここでは、人材育成の成果が経営に与える影響について確認し、また具体的にプラスの効果をもたらした事例についても紹介していきます。
人材への投資が業績に与える影響を定量評価するのは非常に難しいものです。しかし、人材育成が「プラスの影響をもたらす」と認識し、実際に成果に結び付けた経営者も少なくありません。
滋賀銀行のシンクタンクであるしがぎん経済文化センターが行った調査(254社対象)において、「従業員の育成やスキルアップは自社の競争力や業績にプラスの効果をもたらしたか」を尋ねたところ、「プラス効果がある」と考える企業は 81.6%にのぼりました。
具体的に挙がった「プラス効果」は、「従業員間での知識やスキルの共有が進んだ」(55.7%)、「従業員のモチベーションが向上した」(55.2%)、「生産性や効率性が向上した」(49.8%)でした。
今後2~3年程度を見据えた従業員の育成1人当たりの予算については、「増やしたい」が49.0%、「現状と同程度」が41.0%となり、人材育成を継続する意向が強く伺える結果となりました。
参考: しがぎん経済センター『特別項目:人材育成や従業員のスキルアップへの取り組みについて』
具体的に、人材育成で成果を挙げている事例をご紹介しましょう。
株式会社内野製作所は、人材育成の取り組みを通じて競争力の強化に成功した企業です。
自動車および自動二輪車のレース用歯車の企画、開発、および製造を行う同社では、各部門において従業員の職務等級に応じたOJTやOFF-JTを通じてスキルを身に付けさせる体制を確立し、組織力を強化しました。
世界最先端の加工機械を導入し、従業員の海外派遣や海外トレーナーの招聘を通じて最新機械の操作習得を促進しました。加えて、ベテラン従業員の再雇用を行い、技術力とノウハウを若い人材に継承する取り組みも行っています。
従業員の自己啓発の支援にも積極的で、外部研修への参加費や資格取得費用を全額企業が負担しています。
これらの取り組みの結果、同社はミクロン単位の精度が求められるモータースポーツ用の歯車など、高品質の製品の製造が可能なものづくり人材の育成に成功しました。
この技術力は各メーカーから高く評価され、国内大手自動車・自動二輪車メーカーとの安定的な取引につながっています。
参考: 経済産業省『ものづくり白書2023』第2節 ものづくり人材の能力開発の現状
次にご紹介するのは、製品染めを専門とする老舗企業、株式会社内田染工場です。
デジタル技術と職人技術の組み合わせにより、作業期間の大幅な短縮と品質の均一化を実現しました。
同社では、従来、職人が行う色の調合による品質のばらつきと、長い作業期間による注文の取りこぼしが問題となっていました。
この問題に対処するために導入されたのが、「CCM(Computer Color Matching)」技術と業務管理システムの2つのデジタル技術です。
CCM技術の導入により、ビーカー染めの工程における「職人のカン」をデジタル化し、業務管理システムの導入により受注内容、納期、作業状況等の一元管理を実現しました。
同社のデジタル化導入は、多品種少量製品の受注や困難なオーダーへの迅速な対応といった強みを維持しつつ、顧客の多様な要求への迅速な対応を可能にしたのです。
参考: 経済産業省『ものづくり白書2022』第3節 ものづくり人材に係るデジタル技術の活用の状況
ここからは、製造業において人材育成を成功させるためのポイントをご紹介します。
製造業における人材育成では、まず育成する人材のタイプや資質の明確な定義が必要です。
企業は現実的な課題や将来のビジョンに基づき、必要とされるスキルや能力を特定する必要があります。たとえば、「自動化に関する知識」や「品質管理・プロセス改善の知識」など、具体的に特定しましょう。
次に、具体的で測定可能な目標を設定し、達成のための教育計画を策定します。たとえば、「1年以内に特定の機械操作を習得する」「3年以内に品質管理の専門資格を取得する」などが考えられます。
最後に、育成する人材の目標を社員に明確に伝え、彼らが自分のキャリアパスを理解し、積極的に努力できるように支援します。これにより、社員は自身の価値と企業への貢献を理解し、モチベーションが高い状態で育成に取り組めます。
製造業において、企業文化と業務要件にマッチした人材の採用は、人材育成の効果を最大化するために重要です。
採用の際には、あらかじめ以下のポイントを意識すると良いでしょう。
初期段階で企業の文化を候補者に明確に伝え、面接や資料を通じて企業の使命、ビジョン、価値観を共有する。
企業の現在および将来の業務要件に基づき、必要な技術スキルや経験のある人材を選定・採用する。
経験や技術スキルだけでなく、学習意欲や適応能力、チームワーク、コミュニケーション能力などのポテンシャルも重視する。
技術スキルや経験が十分でも、企業文化に適合するかどうかを評価し、長期的な成長が見込める人材を選ぶ。
製造業において、従業員が安心して活躍できる場があることは、人材育成の成功に重要な役割を果たします。信頼関係は知識と技術の伝承、効果的なコミュニケーション、そして生産性向上に直結します。
環境づくりにあたって意識すると良いポイントを挙げます。
対話を通じて、若手社員が意見や懸念を自由に表現できる環境をつくりましょう。
管理職や熟練従業員は、若手従業員や非正規職員の意見に耳を傾け、これに対して建設的なフィードバックを返しましょう。
管理職や熟練従業員が若手従業員や非正規職員と共同でプロジェクトに取り組む機会を設けましょう。目標の共有は、相互理解と協力を促進します。
フィードバックを単なる指導ではなく、相互の対話と学びの機会として位置づけるのも良いでしょう。従業員の成果と成長に基づき、適切かつ継続的に評価するとともに必要に応じて改善策を提案しましょう。
製造業における人材育成では、若手社員に対して、彼らの成長のキャリアパスを明確に示すことが重要です。
成長機会の見える化は、とくに成長意欲が高い若手社員にとっては、将来への不安を軽減するとともに、積極的な学習姿勢を促すうえで不可欠です。
キャリアパスの設定には、具体的な目標とモデルケースの設定が役に立ちます。たとえば、入社後の半年、1年、3年、5年、10年といった各段階での成長目標を設定し、特定の機械操作や多能工への進展など、社員がどのように成長していくべきかの道筋を示します。
製造業において人材育成を成功させるためには、明確で一貫性のある教育体系の構築が不可欠です。
教える人によって教育内容にばらつきが生じる状態を避けるため、必要な技能を特定し、明確な教育計画を策定します。計画には、教育する技能、担当者、方法などを具体的に定めます。
教育者用のマニュアルや教材を作成し、どの教育者でも一貫した内容を教えられるようにすると良いでしょう。
技術進展や業界動向に応じて、教育内容を定期的に更新し、最新情報を反映させていきます。
技術や方法の伝達に加えて、それらがなぜ重要であるか、どのような意義や目的があるかを説明します。
作業の背景や理由を理解できれば、若手技術者はより深く学び、技術を習得できるようになります。
加えて、当事者意識や仕事への満足感、およびモチベーションの向上が期待できます。
製造業の人材育成において、現場における指導力の底上げは非常に大切なポイントです。
多くの製造業の現場指導者は、「技術は見て盗め」という徒弟制度的な環境で技術を習得してきたため、教える技術や方法論が不足しています。一方、現代の若手社員は体系的で明確な指導を求めています。
この世代間のギャップを埋めるため、熟練技術者や管理職の教育スキルを高め、現代に適した指導方法を取り入れることが重要です。
現場の指導力を高める施策には、以下のようなものが考えられます。
コミュニケーション技術、指導方法、メンタリングのスキルなどを学びます。
指導者と若手社員が双方向の対話をし、相互理解を目指します。
社員の意見を取り入れて、現代に適した人材育成プログラムを構築します。
役割を与える際は、具体的かつ実現可能な目標を設定し、必要な支援を提供しましょう。
この記事では、「製造業における人材育成の重要性」について解説しました。
人材の育成は、企業の基盤を強化し、事業成果をあげるための長期的なプロセスです。
限られた時間の中での従業員教育は、一見するとコストと感じられるかもしれません。しかし、製造業の場合、従業員のスキルアップが直接生産性向上につながるという「効果の確認しやすさ」があります。
ぜひ、「学びを促進する風土」を醸成し、御社の強みと魅力をさらに高め、持続的な成長につなげてください。
今回は製造業に特化した人材育成に焦点を当てましたが、「リスキリングナビ」では他にも人材育成や製造業のDXに関する記事も掲載しています。これらの記事もぜひご一読いただき、参考にしていただければ幸いです。
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