人的資本の情報開示が求められる19項目とは?開示義務化に向けた対応を紹介

公開日:2023.07.18 更新日:2023.07.18

従来の人的資源の考え方では、人材は資源として消費される対象であるととらえられてきました。しかし、近年は個人が持つ能力を教育などで向上可能な資本としてとらえる「人的資本」の考え方が広がっています。人的資本の立場では、人材に対する教育はコストではなく投資とみなします。今回は人的資本の情報開示が求められている背景や情報開示の必要な19項目、最後に情報開示義務化に向けて企業がとるべき行動についてご紹介します。

人的資本とは

人的資本(Human Capital)とは、人材の知識、スキル、能力などを資本とみなす考え方のことです。教育、訓練、経験によって人的資本は個人に蓄積され、企業価値向上に貢献します。教育、訓練、経験は、人的資本を増やすための投資であると言えるでしょう。人的資本はしばしば人的資源(Human Resources)と対比されます。人的資源は、人材は資源として消費され、人件費という名のコストが生じるとみなす考え方です。

「人的資本の情報開示」が義務化されるのはいつから?

2023年1月31日に公布・施行された改正内閣府令において、2023年3月期決算より、上場企業などをはじめとする有価証券報告書を発行する企業は、人的資本に関する情報の有価証券報告書への記載が義務化されました。人材の多様性の確保を含む人材育成や社内環境整備の方針、および関連指標を、有価証券報告書のサステナビリティ情報の「記載欄」の、「戦略」と「指標及び目標」に記載することが求められています。

人的資本の情報開示が求められている背景

人的資本の情報開示がなぜ求められるようになったのでしょうか。それにはESG投資の高まりと、有形資産から無形資産への流れという背景があります。

ESG投資の高まり

ESG投資とは、「環境(Environment)」「社会(Social)」「ガバナンス(Governance)」に関連した取り組みを考慮して行われる投資のことです。このうちの「社会」のカテゴリーに人的資本は含まれます。ESG投資が最初に注目されたきっかけは、国連の責任投資原則(PRI;Principles for Responsible Investment)の公表です。国連は2006年4月、責任投資原則を公表し、機関投資家に対して、長期的な投資収益の拡大のため、環境・社会・ガバナンスを考慮して投資するように提唱しました。また、2015年9月の国連サミットにおけるSDGs(Sustainable Development Goals)採択も影響しています。SDGsは持続可能で多様性のある社会を実現するための、2030年を年限とする17の国際目標です。SDGsはESG投資で重要視される環境・社会・ガバナンスに関わる目標も多く、ESG投資が投資のトレンドになっています。

有形資産投資から無形資産投資への流れ

投資は主に有形資産投資と無形資産投資の2つに分類されます。有形資産投資は建物や機械設備に対する投資です。一方、無形資産は形のない資産に対する投資であり、人的資本も無形資産に含まれます。米国のS&P500や欧州のS&P Europe 350に採用されている企業の市場価値は、無形資産が占める割合が大きく、有形資産の占める割合は小さくなっています。それに対し、日本の日経225に採用されている企業は有形資産の占める割合が大きく、無形資産の占める割合が小さいという違いがあります。投資家は無形資産への投資に関心を持っており、日本企業にとっては人的資本をはじめとする無形資産の割合を高めていくことが重要な課題です。

人的資本の情報開示が求められる19項目

2022年8月30日、内閣官房は人的資本可視化指針を策定・公表しました。人的資本の情報開示が求められる7分野19項目は以下の通りです。前半に挙げた項目ほど価値向上の観点が強く、後半の項目ほどリスクマネジメントの観点が強くなります。

育成:リーダーシップ、育成、スキル/経験

具体例:「研修時間」「研修費用「研修参加率」「リーダーシップの育成」「人材確保・定着の取り組みの説明」

従業員エンゲージメント

従業員エンゲージメントとは、社員の会社に対する愛着や結びつきの強さです。

流動性:採用、維持、サクセッション

サクセッション(Succession)とは、英語で「継承」「後継者」という意味があります。サクセッションプランは「後継者育成計画」と訳されます。

具体例:「離職率」「定着率」「新規雇用の総数・比率」「人材確保・定着の取組の説明」「後継者カバー率」

ダイバーシティ:ダイバーシティ、非差別、育児休業

具体例:「属性別の従業員・経営層の比率」「男女間の給与の差」「正社員・非正規社員等の福利厚生の差」「最高報酬額支給者が受け取る年間報酬額のシェア等」「男女別家族関連休業取得従業員比率」

健康・安全:精神的健康、身体的健康、安全

具体例:「労働災害の発生件数・割合、死亡数等」「医療・ヘルスケアサービスの利用促進、その適用範囲の説明」「健康・安全関連取組等の説明」「労働災害による損失時間」「労働関連の危険性(ハザード)に関する説明」

労働慣行:労働慣行、児童労働/強制労働、賃金の公正性、福利厚生、組合との関係

具体例:「団体労働協約の対象となる従業員の割合」「児童労働・強制労働に関する説明」「結社の自由や団体交渉の権利等に関する説明」

コンプライアンス/倫理

具体例:「人権レビュー等の対象となった事業(所)の総数・割合」「深刻な人権問題の件数」「コンプライアンスや人権等の研修を受けた従業員割合」「苦情の件数」「サプライチェーンにおける社会的リスク等の説明」

人的資本の情報開示の義務化に向けて企業がとるべき対応

人的資本の情報開示の義務化とともに、他社と差別化を図るための開示項目の選定とデータ収集、会社の目指す方向性を伝えられるような開示が大切になってきます。

開示項目の選定とデータ収集

人的資本の情報開示では、開示が義務付けられている項目と任意の開示項目があります。任意の開示項目は開示する義務はありませんが、具体的な記載内容は各企業に委ねられている面も多く、開示の仕方によっては他社との差別化が可能です。なお、内閣官房の「人的資本可視化指針」にも記載があるように、独自性のある取り組み・指標・目標は、ビジネスモデルや経営戦略との連動が前提となります。自社の強みを洗い出し、その強みを示すデータを収集・可視化するようにしましょう。

会社の目指す方向が伝わるストーリーを意識する

人的資本開示において、投資家は企業の現在の状況よりも、今後どのようにしていきたいのかに関心を持っています。人的資本をいかにして高めていこうとしているのか、会社の目指す方向性が伝わるストーリーを意識し、情報開示を行うことが重要です。

まとめ

今回は人的資本の開示が求められている19項目や、開示義務化に向けて取るべきアクションを解説しました。近年は財務諸表には記載されない非財務資本への関心が高まっており、人的資本もそのうちの1つに含まれます。人的資本は投資家による投資判断に大きな影響を与えるため、任意開示の項目についても情報を開示し、人的資本を高めるための戦略が伝わるようにすることが重要です。

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