リエンジニアリングは、企業の核となる業務プロセスを根本から見直し、効率的に再構築する手法です。
このプロセスは、業務のスピードを向上させ、コストを削減し、競争力を強化する可能性を秘めています。
しかし、リエンジニアリングの実施は容易ではありません。組織の構造や文化、そして経営者の役割まで、多岐にわたる要素に影響を及ぼす可能性があるのです。
この記事では、リエンジニアリングの定義から組織にもたらすメリット、そして実施プロセスに至るまで、詳しく解説していきます。
目次
リエンジニアリング(BPR: ビジネス・プロセス・リエンジニアリング)とは、企業の事業活動を根本的に再評価し、効率性を高め、コストを削減し、製品やサービスの質を向上させるための手法です。
この経営戦略が学術的に注目されたのは、1990年のハマー(Hammer)の論文とダベンポート(Davenport)の論文がきっかけと言われます。
当初のアプローチは既存のプロセスを一新することを重視していましたが、しかし、このような急進的な手法は失敗につながることが多く、批判の対象になりました。
そのため、現在はより柔軟で継続的な改善に焦点を当てる形に変化しています。
また、昨今ではAIの登場と発展により、機械学習と組み合わせたプロセスの抜本的再設計(AI主導のリエンジニアリング)も注目されています。
BPRに関連する概念として、ビジネス・プロセス再設計やビジネス・トランスフォーメーション、チェンジマネジメントなどがあります。
リエンジニアリングは業務プロセスの根本的な見直しと効率化を目的とするのに対し、リストラクチャリングは企業の組織構造や資本構造の再編成を指します。特に、リストラクチャリングは経営資源の最適化やコスト削減を重視することが多いです。
業務改善は、既存の業務プロセスの微調整や小さな改善を繰り返す、継続的なアプローチである点に特徴があります。一方、リエンジニアリングはプロセス全体を根本から大幅に改革することを目指します。
DX(デジタルトランスフォーメーション)は、デジタル技術を駆使してビジネスモデルや組織文化の変革を目指す取り組みです。DXは技術の導入や活用を重視するのに対し、リエンジニアリングは業務の流れや構造そのものを見直すことを中心に考えます。
近年、あらためてリエンジニアリングに注目が集まっています。
このトレンドを理解するうえでは、リエンジニアリングとは何かという本質の理解が不可欠です。
本章では、リエンジニアリングの本質を見直すとともに、昨今の経営環境の変化といった注目される背景も見ていきましょう。
リエンジニアリングの根底にあるのは、非連続的思考、つまり、業務の根底にある時代遅れのルールや基本的な前提を認識し、そこから脱却するという考え方です。
企業には、過去の状況や技術に基づいて作られた暗黙のルールや前提が多く存在します。このルールは、現代の技術や市場の変化に合わせて更新していく必要があります。
リエンジニアリングの過程で、これらの古いルールや前提と向き合い、新しいビジネスの環境や技術に合わせてプロセスを再設計するのです。
ですから、部門横断的な視点や情報技術の活用は、リエンジニアリングにおいての重要な要素です。全体の業務フローを見直すことで、より効率的で柔軟な業務プロセスの構築を目指すのです。
近年、グローバル化の進展やテクノロジーの急速な進化により、企業の経営環境は大きく変わってきました。このような変化の中で、業務プロセスの効率化や改善は、企業の競争力を維持・強化するうえで、必要性と重要性が高まっています。
リエンジニアリングが注目される背景は、まさにこの経営環境の変化にあります。
特に、過去の伝統的な業務方法が現在の環境に合わなくなった場合や、新しいビジネスモデルの導入を検討している企業にとって、リエンジニアリングは非常に有効な手段となり得ます。
このことは、以下に示すリエンジニアリングのメリットからも確認できます。
リエンジニアリングは企業の業務プロセスを効率的に再設計することで、多くのメリットをもたらします。以下では、リエンジニアリングの主なメリットを解説します。
リエンジニアリングの実施によって、業務プロセスの見直しや再設計が行われ、生産性が向上します。従業員一人ひとりの業務効率が上がることに加え、部署を超えた全社的な視点を持つことで、生産性の向上が期待できます。
リエンジニアリングによる業務の再設計は、顧客のニーズに合わせて行われます。これにより、顧客の利便性やサービスの質が向上し、顧客満足度が高まります。また、顧客への新たな価値の創造にもつながります。
リエンジニアリングのアプローチにより、市場の変動や顧客のニーズの変化に迅速に対応する能力を組織にもたらします。これに加え、業務プロセスが効率化されることで、迅速に高品質な商品やサービスの提供が可能となり、市場優位性が確保できます。
ビジネスプロセスの根本的な再設計を行うことで、新しいアイデアや手法の導入を促進します。これにより、新たなビジネスチャンスや市場の創出が期待できます。
リエンジニアリングの取り組みは、従業員を巻き込む形で実施されます。企業の中核業務への参加は、従業員のモチベーションやエンゲージメントを高めることにつながり、生産性や満足度の向上が期待できます。
リエンジニアリングのメリットを最大限に享受するためには、どのような実践が必要なのでしょうか。
ここでは、リエンジニアリングを実施する際の主要なステップと、その効果を高めるためのポイントを説明します。
あらゆるリソース(ソフトウェアと利害関係者の両方)からデータを収集します。この段階は、プロセスが現在どのように機能しているかを把握するために行います。
収集したデータを基に、現在のプロセスの問題点やボトルネックを特定します。KPIを使用してパフォーマンスを測定してきた場合は、このデータを利用してプロセスの流れを妨げる要因を特定することが大事です。
付加価値のない活動を排除し、ワークフローを最適化するための新しいプロセスを設計します。これには、業務活動の再編成、新技術の導入、職責の変更、ビジネスルールやポリシーの修正が含まれます。また、リソース配分、スケジュール、変更管理戦略を考慮した詳細な実施計画とKPIを策定します。
リエンジニアリングの目的や必要性を組織内の全員に共有し、トップ主導で業務改革を実行します。実施計画に従い、トレーニングやコミュニケーションを行いながら、再設計されたプロセスを実施します。
リエンジニアリングの成果を評価し、計画時に設定したベンチマークとの比較を行います。KPIの監視は継続的に行うことが肝要です。必要に応じてさらなる改善を行い、新しいプロセスが長期的に持続可能であることを確認します。
これらのステップは、組織のニーズや状況に応じてカスタマイズされます。
内部スタッフだけでプロジェクトを組む場合もあれば、外部サービス(経営コンサルタントやERPなどのシステム)を利用して実践される場合もあります。
リエンジニアリングは、経営コンサルタント、学者、ビジネスリーダーなどにより、さまざまな角度から研究され、実践されてきました。
ここでは、リエンジニアリングの理論的背景を理解するための、主な方法論を説明します。
この方法論は、ジェームズ・チャンピー(James Champy)とマイケル・ハマー(Michael Hammer)によって1993年に出版された『Reengineering the Corporation』で紹介されたものです。顧客ニーズに焦点を当て、新しいテクノロジーに支えられたビジネスプロセスの抜本的な再設計の必要性を説いています。
トーマス・ダベンポート(Thomas Davenport)が1993年に著した『Process Innovation』の中で記述された方法です。改善すべき領域を特定するための分析ツールの使用と、既存プロセスの徹底的な理解の必要性を強調しています。
この方法論は、ロン・マンガネリ(Ron Manganelli)とマイケル・クライン(Michael Klein)が1994年に出版した『The Reengineering Handbook』で紹介されました。リエンジニアリングのプロセスに従業員を参加させること、強力なリーダーシップ、明確なビジョンの重要性について述べられています
この方法論は、1990年代にイーストマン・コダック社がリエンジニアリングの成功の一環として開発したものです。彼らが定義した構造化されたアプローチには、顧客ニーズの特定、競合他社に対するベンチマーキング、クロスファンクショナルチームの活用といった内容を含んでいます。
このほか、日本でも馴染みのあるシックスシグマ(Six Sigma approach)、リーン生産方式(the Lean methodology)、トータル・クオリティ・マネジメント(TQM)などがあります。
リエンジニアリングは総じて、企業が直面する大きな課題や変革の必要性を感じたとき、そしてそれを実現するためのリソースや意欲があるときに、積極的に検討されるべきものです。
事業の初期段階でビジネスモデルや業務の変革が求められるケースがあります。そのような場合は、立ち上げから数ヶ月後にリエンジニアリングを検討することで、業務の効率化や改善を進めるられるでしょう。この段階でのリエンジニアリングの実施コストは比較的低いとされています。
リエンジニアリングが特に効果的とされるのは、企業が大胆な目標達成を目指す場面や、従来の枠を超えた取り組みが求められる時です。これは、既存の業務が時代遅れであったり、競争力を喪失していたりする場合に、コストの削減や新しい技術の導入といった改善策が必要となるためです。
このほか、新たな規制や市場のニーズに迅速に応じる必要があるときや、最新のテクノロジーを取り入れることを検討しているときにも、リエンジニアリングが有効な手段となり得ます。
リエンジニアリングの導入は、多くのメリットをもたらす一方で、成功への道のりは簡単ではありません。
ここでは、リエンジニアリングの導入や実践において避けるべきポイントをまとめます。
変革にあたっては、組織のリーダーが強くコミットし、また従業員にその姿勢を明確に示すことは必須です。メンバーが重要性を理解し納得しなければ、プロジェクトの脱線リスクが高まります。
従業員の参加は、すべての変革において重要です。プロジェクトのメリットを共有することで、変革に対する抵抗を緩和することができます。
全体のコミュニケーションとトレーニングの重要性も無視できません。
顧客の視点を持つことで、より効果的なプロセスの再設計が可能となります。
「新しいから」「他社が使っているから」などの理由で、適切な技術を使わない姿勢は、変革の障害になります。
組織の文化や、会社の価値観とリエンジニアリングの方法論が合っていないと、後々大きな齟齬が出てきます
スケジュールを慎重に決めず、実現不可能なものにしていまうと、失敗のリスクは高まります。
成功を測る指標を定めなければ、プロジェクトの進行や必要な改善点を見極めることができません。
リエンジニアリングはプロセスを改善し、コストを削減し、顧客満足度を高めるための強力なツールとなり得ます。
成功を収めるためには、リーダーのコミットメント、効果的なコミュニケーション、トレーニング、顧客への焦点、組織文化への敬意、現実的なスケジュール、そして適切な測定と評価が必要となります。
正確な情報の獲得や、適切なツール、そして信頼できるパートナーとの連携が極めて重要となります。