近年、社会的にDXの推進が推奨され、企業は成長するためにリスキリングをしなければならない時代へと変化しています。しかし、その重要性は理解していても実際に何をすればいいのかは分からないという企業も多いのではないでしょうか。そこで、リスキリングについて詳しくご紹介していきます。
目次
リスキリングとは、所属している企業で働きながら、個人が成長分野の新しい技術やスキルを習得するために学ぶことです。
リスキリングの定義として経済産業省は、「新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること」と定めています。
たとえば、製造業の会社で働いている人が、在籍している会社での勤務を続けながらITの技術を学び、新たに身につけた技術や知識を従来の仕事に活かしていくといったイメージです。
DX(デジタルトランスフォーメーション)が進む時代になり、どの業界でもリスキリングをしなければ企業としての存続が厳しい状況に陥っています。
また、2022年10月12日に岸田首相は、リスキリングの支援について5年で1兆円の支援を投じると表明しました。国がこの施策をどれほど重視しているのかがわかるのではないでしょうか。
それでは、リスキリングについてさらに詳しく見ていきましょう。
そもそもリスキリング(Reskilling)の語源は、英語の「re-skill」で、従業員を再教育すること、能力を再開発するといった意味で使われていました。
リスキリングという言葉が世界的に認知されるきっかけとなったのは、2020年1月に行われたダボス会議にて「リスキリング革命」と発表されたことです。
当時ダボス会議では、新たな産業革命に伴って求められる技術が大きく変化することへの対策として提案されました。
リスキリングと比較して使われる言葉がリカレント教育です。
リカレント教育とは、就業している仕事を一度辞めて、新しい知識・スキルを学び、得た知識やスキルを使って新しい職種で再び働くことです。
たとえば、飲食業界で食品について仕事をしていたが、一度その仕事を辞め、新しいIT技術や知識を習得し、エンジニアやIT技術を展開している企業に再び就業するといった流れになります。
リスキリングとリカレント教育の違いは以下の通りです。
リスキリングが話題になっている理由は以下の2点が挙げられます。
話題になっている理由について詳しくみていきましょう。
話題になっている理由の1つ目は、企業のDX推進が加速していることです。
近年、業種問わず重要視されているのがDXです。DXとは、企業がビッグデータやAI、loTなどのデジタル技術を用いて業務プロセスの改善を行い、サービスや製品、ビジネスモデルそのものを変革するとともに、企業文化、組織、風土の変革も実現させることです。人々の生活をより良いものへと導き、新たな企業価値の創出を目指します。
ダボス会議では2030年までに世界で10億人をリスキルすることが目標に掲げられました。日本においても、経済産業省が2030年までにはIT人材が79万人不足すると発表しており、DXの推進を担うことができる人材の需要は伸び続けています。
以下の図のように、2030年には労働供給ギャップが生まれると予測されています。
出典:第1回 「第4次産業革命スキル習得講座認定制度(仮称)」に関する検討会 参考資料3(IT人材育成の状況等について)(経済産業省)
上記の図の通り、DX人材の確保は必然という流れになっており、リスキリングは益々注目を集めているのです。
話題になっている2つ目の理由が、コロナ禍による働き方の変化です。
新型コロナウイルス感染症の影響により、多くの会社がリモート勤務を取り入れるなど、大きな働き方の変化が見られました。会社に出勤することなく、在宅勤務を行い、商談や社内会議などもオンラインで完結させるようになったのです。
このような新しい働き方の生産性をより上げるためにも、DXへの理解が求められます。
コロナ過によってもたらされた社会の急速な変化に対応すべく、企業は新しい働き方を日々追求し、発展させるためにリスキリングに目を向ける必要があると言えるでしょう。
リスキリングによるDX人材育成推進を主導しているのが、「経済産業省」です。
近年、世界的にデジタル化やDXが進んでいる一方で、日本では、デジタル、DX人材が不足していることが問題となっています。そこで、経済産業省は以下のマクロ的課題を挙げました。
上記の問題を解決するためにも、個人のリスキリングおよび成長、DXを担うデジタル人材の育成が必要不可欠です。
しかし、DX人材の不足は根本的な問題を解決しない限り解決することは難しいと考えられます。根本的な理由とは、「デジタル・ITを活用した付加価値の高い新規ビジネスが生み出せていないこと」です。
経済産業省は、この問題を含め、DX人材が不足していることから、企業内、組織内におけるリスキリングの重要性を促し、いくつかの施策を設けました。
経済産業省が推進しているリスキリング施策は以下の通りです。
それぞれについて解説していきます。
リスキル講座(第四次産業革命スキル習得講座認定制度)は、経済産業大臣が認定するデジタル技術の講座です。
ITやデータ領域のスキルや知識を習得し、キャリアアップを目的とした施策で、以下のような講座が開かれています。
(2022年10月1日時点)
以上の117講座が認定されており、企業内で社員の能力を再開発を行いたい会社や、スキルアップを目指す個人が活用することができます。
マナビDXは、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が提供するオンライン講座紹介サイトです。DX人材育成に必要なスキル習得のための講座を、デジタルスキル標準(経済産業省・IPAが策定したデジタル人材のスキル体系)で定められたレベルとスキルに沿って探せるサイトです。
デジタルスキル標準や講座レベル、受講料などの条件に沿って講座が探せます。学びのプロセスがわかりやすく提示されていますので、何から学習すれば良いのかわからない場合や、目指すキャリアパスへ向けてどんどん進んでいくことを目指す場合でも、それぞれの目的にあった講座を見つけられるようになっています。レベルに応じて基礎知識から応用編まで学べるため、経営戦略に合わせた最適なスキルの習得が期待できます。
リスキリングを推奨するメリットは以下のようなことが挙げられます。
リスキリングを行うことによって、DX人材を新規で採用するコストを削減できるだけでなく、社内業務の効率化や社内体制を維持したまま成長を目指すことができます。
それでは、上記に挙げたメリットそれぞれについて、詳しく解説していきます。
日本では専門性があるDX人材は少なく貴重な人材であると言えます。企業内においても同様で、そういった人材を採用や外部委託により調達したいと考える企業が多いようです。
しかし、貴重なDX人材はどの企業も求めているため、採用が困難になります。リスキリングを行うことで、自社内にDX人材を生み出し、人材不足の解決につながります。
専門性があるDX人材を確保しようと採用活動を行うと、採用広告費だけでなく、採用による給与が発生するなどのコストが懸念されます。
社内でリスキリングを行いDX人材を育てることによって、懸念されるコストを削減することができます。
企業がリスキリングを行い、従業員に学びの機会を与え、キャリア形成の支援を行うことは、従業員のエンゲージメントの向上につながります。エンゲージメントを上げることによって、生産性が向上し、業績にも貢献できるでしょう。
リスキリングを推進することで、従業員のなかにも自ら新しいスキルアップを目指そうとする文化が生まれます。成長できる環境を提供することで、自発的に考えられる自律型人材を増やし、常に成長を目指していけるような組織に変わるきっかけにもなります。
リスキリングを行った社員は、リスキリング前に携わっていた事業にも精通しているため、新しく身に付けた知識やスキルを、すぐに業務に活かすことができます。
DXの知識やスキルを持った人材を採用する方法もありますが、既存社員の方が信頼性や仕事に関する理解度が高いため、スムーズに仕事を進めることが可能です。
リスキリングで習得した内容をDX、既存事業に活かすことで、業務の効率化が期待できます。効率化がうまくいけば、以下の恩恵が受けられる可能性が高くなります。
リスキリングの重要性は理解しているが、実際にどのように進めればいいか分からない方も多いのではないでしょうか。
リスキリングをする際は、ただ違う分野の知識やスキルを学ばせれば良いというわけではありません。会社においてこれから必要となる事業や分野などに基づいた人物像を念頭に置いて戦略的に行わなければ、費用や時間が無駄になってしまう可能性があります。
正しくリスキリングを進めるためには以下のステップが必要です。
それぞれについて詳しく解説していきます。
たとえば、新しくDXに関する事業を展開しようと事業戦略を練っているならば、その戦略に即した人材を育てることが必要になります。
リスキリングはあくまで手段であり目的ではありません。他社の事例等を参考にしてリスキリングを行ってみたけれども、結果的に人材や費用が無駄になってしまったというようなことにならないように、必要性を見極めた上でリスキリングを実施しましょう。
リスキリングを推進する際は、その知識やスキルに基づいた教育プログラムを作ることが必要です。DX人材であれば、専門的な研修やオンライン講座、eラーニングなどのコンテンツを用意する必要があります。
社内に専門的な講師がいない場合は、外部の専門的な人材に委託することも方法の1つです。学習方法を幅広く用意できれば、個人個人に合ったリスキリングの選択をすることができ、自律的な学びの促進につなげられます。
教育プログラムが整った後は、社員に取り組んでもらいましょう。注意しておきたいポイントは、「強制的に学ばせる」のではなく、本人の取り組みたいという意思を尊重するのが大切だということです。
強制的に学ばせてしまうと、それが社員にとってのストレスとなり、企業内で悪循環が生まれる可能性があります。本人の意思やキャリアとすり合わせながら、学習を進めましょう。
また、就業時間外に学習時間を設けることは、社員のやる気を損なってしまう可能性があるため、就業時間内に完結できるようにすることがおすすめです。
リスキリングを行ったら、実践の場で活用することが重要です。
また、実践で試した後も企業内でフィードバックの場を用意しておくことで、さらに知識やスキルを深め、人材としても企業としても成長することができます。
ここからは実際にリスキリングを導入している、国内企業と海外企業の事例について紹介します。紹介する企業は以下の通りです。
国内での導入企業
海外での導入企業
リスキリングを導入した企業の事例について紹介していきます。
富士通株式会社は、2020年度の経営方針説明において、企業の抜本的改革の1つとして「DX人材への進化&生産性の向上」を掲げました。
IT企業からDX企業への改革に向けて、従業員13万人をDX人材にリスキリングする取り組みを実施しています。成長投資として、5年間で5,000〜6,000億円投資することを発表しました。2022年には教育投資を4割増やし、リスキリングへの注力をさらに高めています。
ヤフー株式会社は、全従業員8,000名を対象にリスキリングを実施しています。
AI人材不足の課題を懸念し、全従業員にeラーニングの実施やヤフー株式会社の親会社であるZホールディングスが主催する「Z AIアカデミア」の発足を発表しています。
味の素株式会社は、2020年に掲げた中期計画においてDXを重要なポイントと位置づけ、2030年までに全従業員を対象に、デジタルスキルを持ったDX人材へと育成する「DXビジネス人財育成プログラム」を展開しています。
株式会社日立製作所は、2019年4月にグループ内の3つの研修機関を統合し、デジタル人材を育成するため、新会社「日立アカデミー」を設立しました。
国内グループ企業の全16万人の社員を対象にDXの基礎教育を実施しています。2022年には従業員の自律的な学びやリスキリングを支援するための「学習体験プラットフォーム(LXP)」を、グループ全体に導入すると発表しました。
キヤノン株式会社は、2021年の経営方針説明会において、商業印刷・産業機器・ネットワークカメラ・メディカル分野の事業構成を加速させ、新たな事業領域を展開する方針を打ち出しました。
新事業の展開に合わせて、デジタル技術を持つ従業員の増員を目的とし、デジタルスキルを持たない工場従業員を含む1,500人を対象に、プログラム言語や人工知能(AI)、クラウド、セキュリティーに関するリスキリングを行いました。
株式会社三井住友ファイナンシャルグループ(SMBCグループ)は、2021年3月からSMBCグループ全社員5万人を対象としてDX教育を進め、社内教育機関「デジタルユニバーシティ」を設立、「デジタル変革プログラム」を始めました。
SMBCグループは、デジタル研修方法を採用し、約10分の動画コンテンツを30本以上、約5時間分用意しており、DXに関わる豊富なコンテンツは、従業員が受講目的に応じて選択することが可能です。
この改革によって、あらゆる場面において、デジタル技術の活用を当たり前にすることを、組織文化の考えとしています。
Amazonは、2019年7月にリスキリングプロジェクトを発表しました。
従業員10万人を対象に、2025年までに約760億円の予算を投資することを決めていましたが、後にその予算を約1,300億円まで増大し、大型プロジェクトに取り組んでいます。
技術職以外の従業員を対象に、技術職へ移行させる「アマゾン技術アカデミー」を立ち上げました。その他にもプログラムの一環には、テクノロジーやデジタルスキルを習得している従業員が機械学習スキルを獲得することを目的とする「機械学習大学」などがあります
Walmartは、2016年にリスキリングへの多額の投資を行い、2019年までに女性に対して農業・工業のみならず、アメリカ本土で働いている人以外の世界中で働くWalmartの従業員を対象に、約22億円の投資を行いました。
具体的には、VRを使用した教育を行いました。たとえば、フロントラインやカスタマーサービスの接客をVRを利用した接客側視点で分析し、分析結果から得た課題を実際にどのようにしなければならないのか、従業員自身が擬似体験を行い学びを深めていくバーチャル研修を実施しています。
AT&Tは、2000年代に起こった通信革命に対応できる人材を増やそうと、2013年に自社の従業員10万人を対象にリスキリングを行いました。
10億ドルを投じて行われたビッグプロジェクトは、企業の業績を上げるだけでなく、参加した従業員の昇進率も上がり、退職率を抑えることに成功しました。
具体的には、以下4つの取り組みを行いました。
上記の取り組みを受けた従業員は、受けていない従業員と比較して、年度末評価で1.1倍高く評価され、1.7倍昇進するという成果をあげました。また、離職率も1.6倍低くなっています。
Microsoftは、2020年6月に社外の人材2500万人に対してリスキリングする機会を設けることを発表しました。新型コロナウイルス感染症による経済的ダメージを抑えることを目的とした活動は、さらに他の団体と連携した取り組みとなり、世界規模での活動となっています。
2022年1月20日、DX人材を増やすために、日本マイクロソフト社とアデコグループのModisは、2025年までに20万人のデジタル人材育成に向けて、両社が持つ資産を最大限生かした協業をスタートすると発表しました。
具体的には、以下3つの分野で20万人のデジタル人材育成を図ることを目標にしています。
このような施策により、市民開発者を10万人、クラウド技術のスキルを持つ層を10万人、計20万人のデジタル人材育成を目的としています。
新型コロナウイルスによる社会の在り方の変化やDXの推進によって、働き方や求められる人材も大きく変化している中で、リスキリングを導入する必要性が大きく高まっています。
リスキリングを既に導入している企業を見ても、金額の規模や対象人数などから、どれだけリスキリングが必要なのかを感じとることができます。
企業がいかにリスキリングを推進し、新たなDX人材を育てていくことができるかが、今後のビジネスにおける成長の鍵を握っていると考えられるでしょう。
しかし、リスキリングはただ導入すれば良いというわけではなく、社内体制に応じて正しいステップで行う必要があります。
今後はAIが行う仕事も増加し、個人の能力、スキルがなくては職を失う可能性も考えられるため、社内、社外でもリスキリングを取り入れ、新しい時代を勝ち抜いていける技術、知識を身に付けましょう。