人的資本経営とは?注目される背景や実践方法、企業事例を解説

公開日:2023.06.23 更新日:2023.06.23

人材は企業の資産であり、「企業は人なり」とも言われますが、これまでの経営では人材を資源として消費し、人件費としてコストが発生するとみなしてきました。この人的資源に代わる考え方が人的資本です。今回は人的資本経営とはどういったものか、なぜ現在注目されているのかについてご紹介します。最後に人的資本経営に取り組んでいる企業事例を取り上げます。

的資本経営とは?

経済産業省は、「人材を『資本』として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方」を人的資本経営と定義しています。

人的資本経営が注目される背景

人的資本経営が注目される背景には、ESG投資・SDGsに対する機運の高まりと人的資本の情報開示の義務化があります。

ESG投資・SDGsに対する機運の高まり

ESG投資のESGはEnvironment(環境)、Social(社会)、Governance(企業統治)の頭文字をとったもので、企業の環境・社会・企業統治への取り組みを重視して行う投資を指します。2015年9月に国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に記載された「持続可能な開発目標SDGs(Sustainable Development Goals)」を実現するため、企業はESGを重視した経営が求められるようになりました。人的資本はESGのSocial(社会)の要素に該当します。

人的資本の情報開示の義務化

ESG投資の拡大は、企業の非財務情報の開示を促しています。2023年3月期決算から、上場企業をはじめとする有価証券報告書を発行する企業に対して、人的資本の情報開示が義務化されました。これは2023年1月31日に公布された改正内閣府令において、有価証券報告書の記載項目に「サステナビリティに関する考え方及び取組」が新設されたことによるもので、上場企業などには人材育成方針や社内環境整備方針および当該方針に関する指標の内容や当該指標による目標・実績の開示が求められます。人的資本情報の開示を既に始めている企業は、自社における人的資本投資の定義づけや定量的な実績、実施している取り組み、人材戦略、今後の計画などを具体的に記載しています。

人的資本経営と従来の経営の違いは?

これまでの経営では、人材を「人的資源(Human resources)」とみなし、人材を資源として消費し、人件費としてコストがかかると捉えてきました。一方、人的資本経営では人材を「人的資本(Human capital)」とみなし、人材に対する投資により価値が高まると考えます。

人的資本では、人材を教育や研修、日々の業務を通じて能力やスキルを向上させ、自らの価値を高めていく、価値を創造する源泉として資本的性質を有すると捉えます。人的資本経営の立場に立てば、人材は積極的な投資対象です。人的資本への投資によってイノベーションを生み出し、リターンを得ることは、政府の「新しい資本主義」が掲げる成長と分配の好循環を実現する鍵であるとして期待されています。

ジョブ型雇用と人的資本経営の関係性についても述べておきましょう。ジョブ型雇用は近年注目される雇用形態です。職務や勤務地を限定せずに雇用契約を結ぶメンバーシップ型雇用に対して、ジョブ型雇用は職務や勤務地が固定された雇用形態です。ジョブ型雇用では経営戦略を実現するための組織設計および必要とされるポストやジョブの決定が焦点となりますが、人的資本経営ではジョブを遂行するためのスキルを有する人材の育成に焦点がおかれます。

経済産業省が示した「人材版伊藤レポート」とは

経済産業省が2020年9月に公表した「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書」、いわゆる「人材版伊藤レポート」は、企業の人的資源から人的資本への方針転換を後押ししました。本レポートは、持続的な企業価値の向上を実現するためには、人的資本の活用・成長・創造が不可欠であると指摘しています。米国S&P500(米国証券取引所に上場する代表的な500銘柄の株価指数)の市場価値の中で有形資産が占める割合が減少を続ける一方、米国企業における無形資産への投資額は有形資産の投資額を超え、その差が拡大しています。また、ESG要因の中でもS(Social)要因は企業価値と直結し、S要因の評価が高い企業は株価パフォーマンスも高くなる傾向にあると述べられています。

人的資本経営を実践する方法

人的資本経営は以下のステップで進めましょう。

1. 経営戦略と人材戦略の連動

CEOとCHRO(最高人事責任者)は連携し、経営戦略を実現する上での人材面における課題を洗い出しましょう。その上で、課題解決のための施策を策定するとともに、企業価値向上のための経営戦略と人材戦略との連動を進めます。ただし、人材面の課題解決に充てられるリソースには限りがあるため、課題に優先順位をつけて取り組むようにします。

2. KPIの設定

人材戦略の進捗を正確に把握し、必要に応じて軌道修正を行うためには定量的な数値目標が必要です。KPIが開示されるケースも増えていますが、競合他社のKPIをそのまま自社に取り入れようとするのではなく、あくまでも参考として捉えるようにします。企業理念の浸透度や社員のエンゲージメントの強さといった定性指標も定量化できないか検討してみましょう。

3. 施策の実施およびモニタリング

人材施策の実施および効果測定を行います。効果測定の方法としては、KPIやエンゲージメントサーベイが挙げられます。期待した結果が得られない場合は戦略の立て方に誤りがあったのか、それとも設定した目標が高すぎたのか原因を究明し、今後の施策に反映させます。

人的資本経営の企業事例

株式会社サイバーエージェント

メディア事業や広告事業を展開するサイバーエージェントは、経営戦略と人材戦略の連動を実現させています。広告代理事業、メディア事業、ゲーム事業、テレビ事業と事業領域を拡大させる中で、新たな事業領域に必要なスキルを特定し、リスキリングを実施してきました。勉強会形式でリスキリングを実施し、仲間とともに目標を持って学習に取り組めるような環境づくりを目指しています。また、サイバーエージェントは独自開発した組織診断システムGeppo(ゲッポウ) によって全社員のエンゲージメント状況を毎月把握し、部署ごとの施策検討に生かしています。Geppoに入力されたコメントすべてに社内ヘッドハンターが目を通し、返信をしています。

双日株式会社

総合商社の双日は社員の多様なキャリアを支援するため、ジョブ型雇用の新会社「双日プロフェッショナルシェア株式会社」を2021年3月に設立しました。35歳以上の社員を対象とし、双日で勤務して収入を確保しながら副業・兼業や起業といった活動にチャレンジできる機会を社員に与えるとともに、起業家精神を持った人材の輩出によって双日グループの価値創造につなげたい考えです。新会社では定年は70歳、就業時間・場所の制限はなく、柔軟な働き方ができます。

また、双日は2021年4月に退職者同士、退職者と双日役職員の交流を促進し、ビジネス機会の創出や起業家・経営人材の育成を図るため、「双日アルムナイ」と呼ばれるコミュニケーションプラットフォームを構築しました。アカウント登録したアルムナイ(OB・OG)・双日役職員は、アルムナイの対談イベント情報の閲覧、毎週開催されているミートアップの招待、インタビュー記事の閲覧などができます。

まとめ

今回は人的資本経営についてご紹介しました。人的資本は決して新しい考え方ではありませんが、ESG投資の拡大などを背景として注目されるようになりました。人的資本経営に取り組む場合は、自社における人的資本の定義から始めてみることをおすすめします。

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