近年、DX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉を耳にする機会が増えてきました。これはDXに対する期待の高さを示しているといえるでしょう。今回はDXが注目される理由と国内大手企業および中小企業のDX事例についてご紹介します。私たちの身近な場面におけるDX事例についても最後に取り上げます。
目次
DXが注目される理由として、「2025年の崖」と呼ばれる問題と、コロナ禍を契機としたDXの重要性に対する認識の高まりが挙げられます。
2018年9月、経済産業省のデジタルトランスフォーメーションに向けた研究会が「DXレポート」を発表しました。この中で、企業が既存システムのブラックボックス状態を解消し、データをフル活用したDXに取り組めなければ、2025年以降、最大12兆円/年の経済損失が生じる可能性があると指摘し、これを2025年の崖と呼びました。このレポートは、多くの企業が既存システム刷新やDX推進に取り組むきっかけとなったのです。
新型コロナウイルス感染症は2019年12月に中国で第一例目の感染者が報告され、その後世界的に大流行しました。体調の優れない社員を出社させない、大人数が集まることを避けるなど、企業はコロナの感染拡大防止に努めながら事業を継続する必要に迫られ、これまで十分に普及してこなかったテレワークの導入やDXを含むデジタル施策の実施が進みました。
ここでは、ENEOSホールディングス株式会社と株式会社LIXILのDX事例をご紹介します。
ENEOSは石油製品の精製および販売を手掛けるエネルギー企業です。石油需要の減少や脱炭素・循環型社会に向けた事業変革を生み出すため、積極的にDXを推進しています。2040年のENEOSグループ長期ビジョンを実現すべく、ENEOS DXの目指す姿を設定し、2025年までに既存事業の徹底的な最適化(「ENEOS-DX Core」)、2030年までに新ビジネス・新顧客基盤の積極創出(「ENEOS-DX Next」)を実現するとしています。
具体的なDXの取り組みとしては、AIによる石油精製・石油化学プラント自動運転、新物質開発や材料探索を高速化する汎用原子レベルシミュレーター「Matlantis」の開発およびクラウドサービスとしての提供が挙げられます。同社は企業価値や顧客体験を創出するDX人材を育成するため、DX人材に求められる4つのスキルを定義し、レベル別の研修(基礎レベル・専門レベル)を行っています。
住宅設備機器メーカーLIXILにおけるDXは、「デジタル化を通じてエンドユーザーに寄り添い、従業員の主体性を高め、これまでの常識の枠を超えたメーカーへと変革」することを目的としています。その1つが既存ビジネスの変革です。オンライン上で商品の詳しい説明やリフォーム相談ができるLIXILオンラインショールームでは、ショールーム展示商品の360度写真による確認、完成予想イメージや見積もりのリアルタイム提供が可能です。
LIXILはIoT技術を活用した新規事業の創出にも取り組んでいます。同社のIoT宅配ボックス「スマート宅配ポスト」は、家に不在のときでもスマートフォンを使って荷物の受け取り・集荷を簡単に行うことができます。実証プロジェクトでは、宅配ボックスの設置により再配達率が41.7%から14.9%に減少し、宅配事業者の労働時間削減および二酸化炭素削減の効果が確認されています。
経済産業省は、中堅・中小企業のDX推進を促進するため、各地域でIoT推進に取り組む「地方版IoT推進Lab」の推薦企業等のDX優良事例を「DXセレクション」として選定しています。中小企業のDX事例として、DXセレクション2022に選定された株式会社テック長沢ともりやま園株式会社の事例を取り上げます。
テック長沢は、切削加工技術に強みを持ち、自動車、エネルギー、印刷機、半導体、産業用設備など、幅広い分野に加工部品を提供しています。同社はDXによる「マネジメントの改革」「技術力のダントツ向上」の実現をDX Visionに掲げています。マネジメントの改革では、SaaS、RPA、ノーコードといった先進的テクノロジーの導入や、社内外のデータ連携によって必要な情報や指標をリアルタイムに全社に提供するシステムのアジャイル開発を行っています。また、技術力向上のため、スキルマップ・教育訓練計画・デジタル教材が連動したタレントマネジメントシステムを構築し、分析データに基づく教育訓練を実施しています。
青森県弘前市で100年以上続くりんご農家である、もりやま園株式会社は、農作業を知的産業に変えることを経営理念に掲げています。果樹に特化したクラウドアプリ開発により、これまで人の感覚に頼っていた作業の見える化を実現しました。品種ごとの労働生産性の違いが明らかになるとともに、全作業の75%が剪定、摘果、着色のための摘葉など、廃棄する作業に費やされていたことが分かり、今後は廃棄ではなくものづくりに十分な時間を振り向ける必要があるといいます。
私たちの身近な場所におけるDXとして、チャットボットとクラウドカメラがあります。
チャットボットは、会話という意味の「チャット」とロボットを略した「ボット」を組み合わせた言葉です。アプリやWebサイト内で質問内容を文字入力し、AI(人工知能)が自動回答してくれたという経験をお持ちの方も多いでしょう。AIは蓄積されたデータに基づき、質問に対して最適と思われる回答を返します。運用期間が長くなればなるほどデータの蓄積が増えていき、回答精度が向上します。人に質問する前にチャットボットに質問してもらうことで、現場の業務負担を軽減できるというメリットがあります。チャットボットのメンテナンスの期間を除けば、24時間365日対応可能である点も大きな魅力です。
クラウドカメラとは、録画映像がクラウド上に保存されるカメラのことです。店舗内に固定カメラを設置してスタッフのオペレーションをチェックする、施工現場に固定カメラを設置して工事の進捗状況を把握する、建設現場の担当者がウェアラブルカメラを装着して遠隔地の監督者と現場状況を確認する、といった利用方法があります。従来の防犯カメラシステムは、サーバーや専用モニターを導入するための初期費用がかかりますが、クラウドカメラの場合は専用のカメラを用意するだけで済みます。PCやスマホを使って録画映像を確認できるため現場に行く時間を省ける他、録画映像を利用した業務改善が期待できます。
今回はDXが注目される理由とDXの事例をご紹介しました。DX推進の動きは会社規模にかかわらず活発化しており、いたるところでDXが進んでいます。以前は自社がDXに取り組むべきか否かが問題でしたが、現在は「DXによって何をしたいのか」「DXをどのように実現させるか」が問われています。自社のデジタル課題を洗い出し、DX推進に取り組んでみてはいかがでしょうか。