スピード感を持ち、課題を抱えている顧客候補者に話を聞きに行く。「CHANGE by ONE JAPAN」決勝ピッチ入賞者が語る事業開発スキルのリスキリング戦略

公開日:2024.01.31 更新日:2024.01.31

大企業のなかから、新規事業や既存事業の変革を生み出すプロジェクト、「CHANGE by ONE JAPAN」。講師による講義、メンターからのアドバイスを受け、参加者同士で切磋琢磨することで、事業開発に必要なさまざまなスキルを学べます。2023年に行われた「大企業挑戦者支援プログラム CHANGE 2023 by ONE JAPAN」決勝ピッチで入賞した広島大学の本田有紀子医師、シーメンスヘルスケアの岩田和浩さんに、CHANGEに参加した背景や事業開発スキルのリスキリングについての考えをお話いただきました。


プロフィール

本田 有紀子

2001年より放射線診断科医師をしており、現在は広島大学病院に勤務。カテーテル治療のトレーニングをVRで実現したいと考え、広島の企業とVR教材を製作。医学生用の教材を製作したが、これを医師用へ開発するため試行錯誤中。開発を進める具体案を練り、実現させたいと考え、CHANGEに参加。


取り組んでいるPJTの概要

コロナ禍で病院実習ができなくなった医学生の教育を、DXで高度化するため、医学生用の腹部・骨盤部カテーテル治療のVR教材を開発、製作する機会を得た。これを医師用に向上させ、学習できる症例数を増やすなど継続的に開発を進めていきたいと考えている。


岩田 和浩

大学院終了後、現シーメンスヘルスケア株式会社に入社し、医療機器のカスタマーサービス、マーケティング/ビジネスデベロッパー、事業企画担当/AIプロダクトマネジャーを経て、現在、医療のデジタル化のプロダクトを取り扱う、プロダクトマネージメント部 部長として、デジタル&オートメーション事業での、全製品の販売・マーケティング戦略立案およびチームメンバーのマネージメント業務に従事。


取り組んでいるPJTの概要

平均寿命が年々伸びている一方で、元気で食べたいものが食べられて、多くの場所へ家族、友達と出かけられる健康寿命と平均寿命の差はこの10年間ほぼ埋まっていません。この社会課題に対して、1年に1度の健康診断において、個人に最適な追加検査提案をその方の今と過去、家族の病歴等の情報に基づいて行い、多くの病気の早期発見に繋げ、人々の健康寿命の延伸に貢献出来る製品・サービスの開発プロジェクトを進めています。

「わからないことだらけ」解消のため、学びの場に参加

――まずは、お二人のご経歴、CHANGEに参加しようと思った背景についてお聞かせください。


本田:私は20年近く、放射線診断科医師として働いています。CHANGEに申し込んだ背景には、コロナ禍があります。感染予防のため、医学生の病院実習ができなくなるという事態が起きたんですね。コロナ禍を受けてDXを推進し教育を高度化するための予算を文科省が組み、広島大学が大きな予算を採ったんです。


「医学部でDXによる教育高度化の取り組みはないですか」という話がきました。医学部の医師は医療の提供をしつつ、学生のための教育や研究にも携わっていまして、私はコロナ禍以前より、「カテーテル治療の教育はVRと相性がいい」と思っていたんですね。そんな話を私のボスである粟井教授にお話していた関係もあり、その予算を使ってカテーテル治療の教材のVR化に取り組むことになりました。


作ったものは学生用だったのですが、もったいないなと思い、医師用のものまでどんどん開発したいと思いました。ただ、そのための予算を採るのが難航しまして。売れれば開発を続けられると思い、大学の許諾を得てVR開発企業と販売を進めてみたのですが、売れなかったんですね。どこで何につまづいているのか自分でもわからない状態でした。


そこで2023年初頭に、聖マリアンナ医科大学の小林先生が開催している新規事業案を練る勉強会(医療人2030、MIRAI)に参加させてもらったんです。事業や経営に関する基礎的な講義を受け、やったことのないピッチをやってみるというもので、自分に不足しているものをたくさん教えて頂きました。ただ、どう具体的に進めたらいいのかわからなかったんですね。そこで、小林先生やその勉強会の参加者の多くが参加されていたCHANGEに参加を薦めて頂き、参加してみようと思いました。
先日の最終発表を経て、今注力しているのは、VRゴーグルの無線化と販路拡大です。医師向けにこだわって開発を続けてきたのですが、医師の働き方改革の観点で、カテーテル治療の手技周りを支える助手を放射線技師がやってもいいという話が出てきているんです。実際に取り組んでいる病院もあり、技師学校では技師への指導の話しも出てきているそうなんです。そのため、今は技師へのインタビューもお願いして進めています。

個人プロジェクトへの挑戦のため、会社から一歩外へ踏み出した

岩田:私は大学卒業後にシーメンスヘルスケアに入社し、8年ほどエンジニアとして現場で核医学(SPECT/PET),CTや超音波などの装置を修理・点検するような仕事をしていました。現場で放射線技師やドクターたちのニーズをダイレクトに聞けるようになってきたことで、それらを具現化するためにマーケティングの仕事をしたいなと思っていたところ、部署異動のチャンスを得て、マーケティング部署へ。そこから今まで9年間、マーケティングの仕事をしてきました。


CHANGEに参加したのは、本田先生と同じく、その前に小林先生たちが主催している勉強会に参加したのがきっかけです。私は本田先生の1つ前の1期生ですね。この勉強会の同期がCHANGEの3期生として参加していまして、彼から経験を聞き、4期生として挑戦してみようかなと思った次第です。


学ぼうと思ったきっかけは、マーケティングの仕事を始めて4年ほどたったころ、AIや医療DXのマーケティング部署に異動したことでした。医療DX実現にはスピード感が必要ですし、自社製品だけで先生方のニーズを満たせません。そのため、協業の仕事にも携わっていたんです。そうした経験を重ねるうちに、会社の外でチャレンジして社会貢献したいという思いが芽生えました。1つの会社でできることが限られている時代だと感じていまして、自分1人でもできることがあるんじゃないかと思ったのが、外に踏み出そうと思った理由ですね。

何よりも最初に顧客にヒアリングする重要性を痛感

――新規事業開発に挑戦を始めてから、CHANGEを経て今に至るまで、どのようなフェーズの変化がありましたか?


本田:CHANGE受講前は、「なぜ売れないのか」「売れない状態からどうすれば脱却できるのか」、何をどうすればいいのかさっぱりわかっていませんでした。経営の指導者も見つけられずも、自分で整理もつけられなかったので、本当に暗中模索状態だったんです。


受講を始めたことで起こった大きな変化は、まずやるべきことがわかったこと。徹底的に言われたのは、「顧客に聞け」です。顧客に聞いてニーズを絞り出さない限り進まないと繰り返し言われました。そうした考え方をしていなかったので、なるほどと思いましたね。

実際に実践してみると、明後日の方向の製品を作っている可能性があることに気付けたり、医師のなかでもどの立場の人にマッチしているのかを整理する必要性がわかったりしました。要は、ターゲットとなる顧客層を明確化し、その顧客に対してやるべきことがわかってきたという感じです。それにより、何から開発するのかという取捨選択もできるようになったと思います。


――受講前の状態を「暗中模索」とお話されましたが、書籍やweb記事など、当時のインプットでは光は見えてこなかったのでしょうか。


本田:受講前はわからないことがたくさんありすぎたので、インプットはVR技術に関することくらいで、そんなにできていなかったですね。わからないなりに学ぼうとするんですが、行こうとしているところにピントが合わせられていないままインプットするので、求めているところに届いていない感じがしていました。ただ本を読んで自分で考えるだけでは足りなかったでしょう。


CHANGEでも、講師の方から「この本を読みなさい」と言われることはありましたが、それだけで終わらず、「そのうちのこれを行動に移したほうがいい」と端的に言ってもらえるので、自分の取るべき行動が具体的に理解できました。「顧客に300回聞きに行け」もそのうちの1つですね。それで行ってみることで、「何か質問が違う」とか「こうすればいいのか」と気付けました。メンターの方からの具体的な指導も大きかったですし、グループ討論で「あ、そういう質問をすればいいのか」と気付くこともできたんだと思います。


このメンターやグループの人たちとのやり取りによる刺激は推進力になりましたね。翌週に「100回顧客のところに行きました!」という方がいたら、やはり焦りますし。そうしたプレッシャーが行動を後押しした部分もあったと思います。


岩田:私は前段となる勉強会を経験した段階で、ある程度は自分のなかに「こういう事業プランであれば上手くいくかな」という形はありました。CHANGEに一歩踏み出して感じたのは、一般的なビジネスをやっていく上で、資金援助や支援をしてもらうためには、もっと顧客に本当の意味で寄り添わないと納得してもらえないということでした。そこが圧倒的に自分にまだまだ足りない部分だなと。


講師の先生方の講義を聞くことで、半年や1年という自分のコミットだけでは全然足りないなと実感できたんですね。本田先生も「顧客に聞く」を挙げていましたが、私も本当に自分の足で聞きに行くようになりましたし、そのなかで、これまで見えてこなかった課題の深堀ができ、深堀できた課題に対してのソリューションが新たに見えてきたと思います。


CHANGE後半では、普段だったらお話を聞けないような大企業やスタートアップの経営者の方たちにアドバイスをいただけました。課題からソリューション開発、そしてビジネスを継続させていくための重要なポイントをアドバイスいただけたことで、よりブラッシュアップできたと感じています。


本田先生がおっしゃったように、自分の足でヒアリングする重要性を後半にかけて強く実感しましたね。ちなみに、弊社が掲げている5つのバリューのうち、1つが「listen first」なんですよ。こちらから提供するよりも、とにかく聞きなさいというバリューで、それがCHANGEで言われてきたことと合っていた。自分が新規事業をやるときだけではなく、会社内で新しいものを生み出したり、お客様に新しい価値を提供していったりするなかで、耳を傾けることは非常に重要なんだなと実感しました。


特にCHANGEを経て実感したのは、自分の周りだけではなく、自分のことをまったく知らない人からも意見を聞く大切さですね。忖度なく意見を言ってもらえる人からも話を聞かないと説得感が増さないんだなということを、CHANGEでいろいろな方に指摘されたことで理解できました。


――リスキリングの観点から、CHANGEを経てお二人が身に付けられたもの、身に付けなければならないと思ったものについてもお聞きしたいです。


本田:私は圧倒的にビジネスに関する知見が不足していると痛感しましたね。ビジネスモデルもそうですし、収支、値付けや根拠もそうです。1番痛感したのはお金関係ですね。VR開発企業が自分たちのお金と時間を使って前に進めようと思う金額感が、自分で計算してみてわかるようになっていったといいますか。他の方の事業案を見て、「この規模感のものと並べられたら、当然こちらは応援してもらえないな」と痛感しました。お金の大事さは医師としてあまり考えてこなかったので、そこを改めて知れました。


経営やお金周りに関していうと、専門家を入れるという考えもあります。入れたほうがいいことはわかるんですが、入れたところで、じゃあリーダーシップを取って事業を推進していく自分が何も知らなくていいのかというと、そうではないということも講義を受けて知ることができました。


岩田:私は2つですね。1つは、工学から医療という少し親和性が高いところに携わり始めて、やりやすいなと思っていたなかで、新規事業に足を踏み入れたことでまったく違う世界について学ばなければならないんだなと思ったこと。


もう1つはスピード感ですね。大企業だとそこまでスピードを求められないのですが、新規事業となると2週間後、さらには1週間後には成果を出せるようにしなければならない部分がある。これまでの経験とはまったく別物だなと感じながら、マインドを変えつつ実際に足を動かす行動変容は求められたなと思います。


本業でもそれだけのスピード感を持ってやれば、もっと早くいいものを提供できるのかなとも思いましたね。他社と協業してやるとき、弊社のスピード感に合わせてしまうケースもあると思っていまして、もっとスピード感を持ってやりたいと思っているスタートアップの方たちと一緒にやっていくためにも、企業側の人たちもスピード感を意識してやらなければならないんじゃないかなとすごく感じでいるところです。本田先生は今感じている課題はありますか?


本田:何をどこまで深く勉強していくかの方向性に悩んでいますね。医師の仕事もあるため、限られた時間でどう勉強すべきなのかがまだちょっとわかっていなくて。数字や経営がわかっていない医師がほとんどだと思うのですが、それでいい時代でもないのかなと思うと、ビジネス面を勉強しておくのはありなのかなと思いますし、VR技術についても深くまではわかっていないので、もう少しいろいろなことがわかれば交渉する際の引き出しを増やせるんだろうなとも思いますし。どの方向に深堀すればいいのかな、というところで立ち止まっている感じですね。それこそリスキリングが必要なんですけれども。

「顧客に聞き、ニーズを絞る」を繰り返し、着実に事業を進めたい

――事業開発分野でのリスキリングを考えている方に、アドバイスをお願いします。


本田:繰り返しになりますが、私はCHANGEに参加して「顧客に聞く」ありき、と言われたのが良かったなと思っています。わからないなりに聞いていると、「みんな大体同じようなことを言ってくるな」と絞れてくるんですよね。自分の仮説と違うところを見つけて仮説を立て直すほうが近道で、「技術があるからプロダクトを作りました」の前に、ニーズを絞るほうが本当は重要であり、無駄がないと思います。回転速度が速まるほど、ピボット判断も早期にできるでしょう。


「聞きに行く」を続けるには、プロジェクト性が重要だと思っています。やる気がない人がグループに1人でもいたら足を引っ張ると思うんですよ。やる気があって、短い期間でやりますという人たちに集まってもらうのがまず大切なことなのかなと。企業だと有志団体になると思うんですが、そういうチームであるからこそ、やる気のあるメンバーにジョインしてもらうことが重要だと思います。岩田さんはいかがですか?


岩田:2つあります。1つ目は、課題を見つけた瞬間から、自分1人で1回は完結させてみること。課題を抱えている人に聞きに行って、深堀してソリューションを考えて、ビジネスとして成り立つのか、継続性があるのかを考えてみる。そこで納得性があった上で、仲間を集めていくというステップを踏むのが、新規事業開発のファーストステップであり、ハードルを低く始められる方法なのかなと思います。


2つ目は、本来の顧客に聞くこと。統計データはあまり意味がなくて、本当に課題を抱えている人に話を聞きに行くことが重要だと思いますね。


――最後に、それぞれの展望についてお聞かせください。


本田:開発計画を着々と進めていきたいです。それと同時に、今まで想定していなかった顧客対象者の方に話を聞きに行きたいとも思っています。できることに少しずつトライして、予算をもらうことを繰り返し、着実に前に進めていきたいです。


岩田:CHANGEのテーマに最初に掲げた「人々の健康寿命を延伸する」ところにアプローチするために、現在取り組んでいる健康診断事業をしっかりやりつつ、もう少し広い視野を持って考えていきたいと思っています。

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